妖怪

欲が人を食らう鬼に変える「食人鬼」

 食人鬼は小泉八雲の著作『怪談』にて紹介されている。鎌倉~室町時代初期頃の臨済宗の禅僧、夢想国師こと夢窓疎石が遭遇したとされる妖怪である。

 夢窓疎石が行脚中、美濃国(現在の岐阜県)にて宿を借りた村に住んでいた。はじめ夢窓国師は老僧が一人住む山中の庵に宿を乞うたのだが、もう少し行くと村があるからと道案内されて村にたどり着いた。




村の言い伝えによると、姿は朦朧としてとらえどころのないものをしているとされている。何より恐ろしいのは、人の死体を食う習性を持っている点で、村で誰かが亡くなった日の夜には必ず現れて、その遺体と葬儀の供物をすべて食べてしまうという。 

 折悪しく夢窓国師が訪れた日は丁度村で不幸があり、葬儀を執り行ったところであった。村人達は食人鬼を恐れ、祟りがあるかもしれないからと村を離れる予定であったが、夢窓国師は長旅の途中であるし村人でもない、僧侶なので障りはなかろうということで村に泊まることになる。

 果たせるかな、深夜になると村に止まり、亡骸の番をしていた夢窓国師の前に朦朧とした大きな姿の化け物が現れ、亡骸を食べ尽くして何処ともなく去っていった。




 朝になり、帰ってきた村人たちにこの話をすると、言い伝えのとおりだったと村人は答えた。そこで夢窓国師が山の庵に住んでいる老僧に頼んでちゃんと弔ってはどうかと提案した所、村人は「もう長い間この辺りにお坊様はいない」と答えた。 

 実はこの食人鬼の正体は夢想国師を案内した老僧であり、僧は葬儀のたびに得られるお布施や供物への欲が出て、その妄執により食人鬼になってしまったのだった。

(山口敏太郎事務所 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像は『怪談 (英文版) ― KWAIDAN (タトルクラシックス) 』表紙より