爆問太田VS茂木健一郎、論争激化!戦時中の体制が日本の笑いを変えた!?

 茂木健一郎がツィッターで展開した日本のお笑いに関する批判が波紋を呼んでいる。

 茂木の主張は次のような内容である。




 『大統領を批判する米国に比べ、日本のお笑いには政治批判がない。国際的な基準には達していない』

 これに対して爆笑問題の太田光が反論、日本のお笑いのレベルが高いこと、政治批判は簡単な事だと主張した。

 このお笑い論争に関してはネットでは様々な意見が飛び交っている。

 筆者も自分なりに考えみたのだが、そもそも米国のコメディと日本のお笑いはもはや違う分野ではないのかと思える。

 その理由として、歴史的な背景があるのではないだろうか。

 元々、日本文化は政治批判をしていた。お笑いという業界がなかった江戸時代では、浮世絵や出版物を通して幕府の役人たちをパロディ化し笑い飛ばした。また、歌舞伎など芝居を通じて庶民は、幕府や施政者を揶揄する批判を展開した。

 このように日本には元来、政治批判の土壌があった。しかしながら、明治維新後、政府批判はご法度とされ、太平洋戦争中は政治批判は完全に封印された。

 その後遺症だろうか。戦後日本のお笑いは政治批判が欠損したまま進化し、現在に至っている。

 故に単純に米国のコメディと日本のお笑いを比較するには無理があるのではないか。

 また、お笑いにはその人の文化的な背景や経験が大きく影響しており、国や民族で笑いのツボが違う。




 批判という行為がある意味、成熟した習慣として定着している米国社会と、表立った批判に慣れてない日本社会の違いも、お笑いの違いに繋がっているのではないか。

 筆者は断言したい。日本のお笑いと米国のコメディは別物であり、単純には比較出来ない。同時にこれからは、誰でも政治批判が出来る社会づくりも必要ではないだろうか。

(山口敏太郎 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)





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