デスノートに付随する死の連鎖(後編)





一方、Lを演じた松山ケンイチも強運の持ち主のようで、特に災難や異常はない。それどころか、その後「椿三十郎」見事「デスノート」を成功の足がかりにしている。唯一危険だったのは、「デスノート」(前編)が映画上映終了後、3ケ月という異例の早さで、日本テレビで放送される際に、日本テレビ『NNN Newsリアルタイム』に藤原竜也と共に生出演した時に、テーブルにつまづき転びそうになったシーンである。だが、これは怪我などの惨事にはつながっていない。やはり、勢いのあるスターの威力は、呪いの連鎖など受け付けないのだ。

因みに既述したように「デスノート」と筆者はタイアップ番組で死神の解説を行うなど、聊か接点があったのだが、もうひとつ奇妙な事件にも関わっている。アニメ版「デスノート」のタイアップ曲を歌うバンド「マキシマムザホルモン」のラジオ番組bay-FM「三度のメシよりメシがすき!マキシマム ザ ホルモンの麺かたコッテリ」2007年2月15日、22日に、山口敏太郎がゲスト出演したのだが、その番組に謎の声が混入していたという事件があったのだ。

ちょうど筆者が出演する2週間ぐらい前に音が入っていたらしくて、筆者も生音で確認したが、「あっ…」とささやく奇妙な声であった。気持ちの悪い事に、ちょうどマキシマムザホルモンたちはアニメ版「デスノート」のタイアップ曲である「絶望ビリー」が完成させたばかりで、異界の何かを呼んでしまった可能性はある。

幸い大阪の尼僧・茶羅尼さんに電話連絡がとれ、お炊き上げを行い供養してもらったが、彼女の霊査によると、「戦争中に被災し、死亡した子供の霊(性別は不明)逃げ回る途中で親にはぐれ、左肩にガレキがあたり、動けなくなったところを火災によって焼け死んだ。その怨念が残り、親に自分の居場所を教えたくて声をラジオ番組で発した」というものであった。

また日本と韓国の漫画マニアの間で、「デスノート」の元ネタ問題が騒動になった事がある。韓国の漫画マニアの主張によると、1990年韓国の雑誌「宝島」に掲載された連載漫画の基本設定である「名前を書くと人が死ぬノート」というコンセプトが共通しているため、韓国の一部の漫画マニアは「日本の漫画デスノートは韓国の漫画の盗作だ」という批判が巻き起こった。

だが、水木しげるが1973年に発表した漫画作品「不思議な手帖」で、「名前を書くと書かれた相手が死ぬというノート」が登場している。これにより、「デスノート」は韓国の漫画の盗作であるという主張は覆られた。この内容もうだつのあがらないサラリーマン山田が不思議な手帳を拾い、邪魔な奴らの名前を書き込んで殺していく。最後は、自責の念にかられ、涙で自分の名前を手帳に書き込み。その後、山田の妻が手帳を火にくべて、乾燥することで涙で描いた山田の名前があぶりだされ、山田は非業の最期を遂げる。いかがであろうか。かなり似ているではないか。

なお、漫画マニアの間ではもっと似ている指摘があるのだ、えんどコイチの「死神くん」である。少年ジャンプのオールドファンなら誰もが知っている作品だが、これらさらに似ている。ある日、死神が死ぬ予定の人物名のかかれた自分の手帳を、うっかり人間界に落す。それをいじめられっ子の少年が拾い、実験的に三人のいじめっ子の名前を書くと三人とも死んでしまう。だが、その後もクラスのみんなからのいじめは続き、ついにクラス全員の名前を書き込んでしまうのだ。

更にえんどコイチがこの「死神くん」を少年ジャンプで発表した時、デスノートの原作者大場つぐみの正体と噂されるガモウひろしも少年ジャンプで描いていたのだ。




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