インターネットで情報は一瞬にして世界を駆けめぐるようになった。今まで戦争による傷跡から交流が途絶えがちだった日本と韓国の間も一気に文化交流がはじまりつつある。
その一環であろうか。都市伝説が日本と韓国の国境を越えて広がりつつあるようだ。
まず最初に広がったのは「口裂け女」である。昭和50年初頭、日本中をパニックにおとし入れた代表的な現代妖怪である。主要なパターンを紹介すると、マスクをした女が、子供にこう訊ねる。
「ねえ?!あたしって綺麗?」
「綺麗だけど…」
子供がそう答えると、マスクをはずし、耳元まで裂けた口を見せながら
「こ~れ~で~も~」
とささやくのだ。
他にも100mを○○秒で走るとか、赤いスポーツカーに乗っているとか、口裂け女は三姉妹だとか、子供の口を刃物で自分と同じように引き裂いてしまうとか、べっこう飴が好きだとか、
「ポマード、ポマード」
という呪文で逃げていくとか様々なオプション情報が付加され、口裂け女伝説は広がりを持っていった。
これは余談だが、江戸期、相撲をとる力士の鬢付け油が魔よけ的な意味を持っていた時期があった。この鬢付け油の現代版の解釈がポマードだとしたら、興味深い図式になる。
また「口裂け女」の噂は、都市伝説史上初の方言を生み出した事でも有名である。大阪を中心するとする関西地方では「口裂け女」ではなく「口裂き女」という呼称が中心となっていた。つまり、「口が裂けている」という容姿を主眼に呼称をつけたのではなく、「子供の口を裂く」という行為を主眼に呼称がつけられたのだ。このあたりは、合理的精神の発達した関西らしいネーミングである。
他にも愛媛県では、「口割れ女」という呼称が独自に発展していったという。これは地元新聞社が「口裂け女」を「口割れ女」と呼称を間違えて報道した事によるが、このあたり、メデイアと都市伝説の相互情報交換がなされていておもしろい。他にも愛媛では、「口割れ女」の好きなものは、べっこう飴ではなく地元特有の飴玉が好きという設定になっており、単なる情報の誤伝達だけではなく、独自の噂が発達していた可能性が高い。
このように、地域に密着する力、無限にキャラ設定を増やしていく能力を有した「口裂け女」は、等々海を渡る。「赤いマスク」という名前で、韓国でも都市伝説として伝播していったのだ。まさに恐るべし噂のパワーだが、これは本当に日本の噂であったのだろうか。2001年筆者は、在日韓国人の友人から日本統治下の朝鮮半島の噂として「口裂け女」の話を聞いた。友人が祖父から聞いたものらしく、このような話であったという。
雪の深い夜、ある家に三人の女が訊ねてくる。いづれも若く綺麗な女であるが、全員マスクをしており、無言で家の前に立つという。そして、家人にこう聞く。
「私たちの中で誰が一番きれい?」
と聞かれた人物が、3人のうち誰かを指さすと残りの二人に殺されるという。そして、3人ともマスクをはずすと耳元まで口が裂けている。
この話が、戦争前朝鮮半島で語られていたとすると、朝鮮半島から日本に渡り、再び韓国に逆輸入された事になる。今となっては真実は闇の中だが、「口裂け女」はいったいどこで生まれた妖怪なのだろうか。
最近、筆者の友人である造園家のMOAT氏が創作した怪談にこのようなものがある。冬のソナタで人気のヨン様かつら、ヨン様眼鏡、ヨン様マフラーに身を包んだマスク姿の二枚目が町を歩いている。本物そっくりの素敵さに、何人かのおばさまがすり寄ると、ニッコリ笑って、マスクをとった。そこには耳元まで裂けた口があったという。
「口裂けヨン様」の一席である。妖怪伝説は国境・文化を越え、人類が協力して作り上げるもののようだ。
(山口敏太郎 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)