最近、報告された現代妖怪。あまりに楽しい妖怪なので、意識的に創作された可能性がある。北陸などで噂になっている妖怪で、夜道を歩いている腰のまがった老婆が突如、ブーメランのようなクの字の形に変身し、飛んでいってしまう。勿論、ブーメランなので、元いた場所にかえってくるのだろうが、なかなか笑える妖怪である。
老婆の現代妖怪は、今も多く噂されている。代表的なキャラクターをあげると「100キロ婆(全国)」「コツコツ婆(西多摩)」などがあげられる。これは峠や高速道路に出る老婆妖怪で、高速で走る車やバイクを追い抜いていくと言われている。中にはドリフトをかける高度なテクニックを有する老婆もいるらしい。無論、生身の老婆が車を100キロで追い抜ける訳はないので、交通事故の犠牲者の老婆が妖怪化したというサイドストーリーが付加されている。なお「100キロ婆」というネーミングは、そのスピードからその名前がついたものであり、「コツコツ婆」は肘で走る為、コツコツという音がする事に由来するらしい。また「100キロ婆」の中には「お梅さん(徳島)」という愛称さえついている個体もいる始末である。
おもしろい事に、この”早く走る老婆の現代妖怪たち”には多くのバリエーションがある。なんと「60キロ婆」「80キロ婆」「120キロ婆」と各スピードの老婆が存在するのだ。これは道路の制限速度の種類に会わせて、妖怪が存在するのだ。妖怪のくせに道路交通法を遵守するとはなかなか義理堅い奴らである。交通事故の犠牲者がなった妖怪だけに、交通ルールにはうるさいのであろうか。
なお一方でスピードをますます早める妖怪もいるようで、「ターボ婆」「ジェット婆」とターボエンジンから、ジェットエンジンまで進化している老婆もいるのだ。まるで自動車メーカーのモデルチェンジである。そのうち自然にやさしい(ハイブリッド婆)でも出てくるかもしれない。
また「超音速じじい」という音速で自転車移動する妖怪もいる。ある高校を夕方5時に金属音を立てながら走るという。つまり、人間にはキーーイという音しか聞こえない。どうやら自転車にのって高速移動しているようだ。ほとんど肉眼で確認できず、人間を驚かすという妖怪の基本理念からはずれてしまっているキャラクターである。また恐れていた事に、2003年あたりから「光速婆」という妖怪さえ出てきている。ここまでくると、SFのヒーロー並の設定である。いくら妖怪が闇の存在でも、光のスピードを追い抜く事はないじゃないか(苦笑)。
他にも「ジャンピング婆」「ホッピング婆」なども名古屋を中心に噂されている。この婆たちは家の屋根や高速道路の路肩をジャンプしながら追いかけてくるらしい。更に「Uターン爺(初めてアルファベットが使用された日本妖怪ではないだろうか)」なども、道路で追い抜き突如Uターンをかましてくる危険な野郎である。妖怪絵師SEL女史の証言によると、和歌山県のあたごトンネルに妖怪「あたご」という爺さんが出没するという。自転車で車を追いかけ、石をなげてくるらしく。そのスピードからどうも生きている人間ではないとされている。
また渋谷では100m競争を女子高生に挑む「100m婆(徒競走婆)」なども噂されている。この妖怪は、厚底ブーツの女の子や、ぶかぶかズボンの男の子に徒競走を挑み、彼らがファッションのハンデイにより負けると、頭からかぶりつくと言われている。逆に考えれば、厚底ブーツやぶかぶかズボンというだらしないファッションに対するアンチテーゼともいえよう。
これら、高速で移動する婆たちは、民話や昔話に見られる山姥の特徴を受け継いでいる。「三枚のお札」などの民話にあるように、逃げる小僧たちを山姥は高速で追いかけてくる。この山姥たちが、都市に住み着いたがのが、現代の100キロ婆たちであることは間違いない。山姥の中に、民俗学では荒々しい母性を見てきた。だが、交通戦争において山は切り開かれ、峠やトンネルに排気ガスをまき散らす有害な車が爆走する時代となった。かつて、山中に踏み込んできた小僧たちを脅かした山姥の狂気の母性は、100キロ婆として事故の犠牲者の念を取り込む形で復活したのである。
(山口敏太郎 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)
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