【奇人伝説】マイナー畸人10円ちょうだいおじさん、実況中継男

ワイドショーの立ち会いのもと、ジェット気流にのって一気にアメリカまで飛行すると豪語した有名畸人「風船おじさん」。その後、消息を絶ち、畸人としては空に消えるというロマンチックな最期をとげてしまった。1992年の事であった。

また都内に住み宇宙人から電話がかかってくるというチャネラー「カゼッタ岡」氏も超有名な畸人(きじん)である。自らを宇宙人と称し、宇宙人からかかってきた電話の録音テープを公開する姿はある意味感動的ですらあった。

ちなみに筆者は10年程前、赤坂見附の駅でホームに降りた途端、「ガゼッタ岡」氏とすれ違い、大変に興奮した思い出がある。筆者的には超有名人なのだが、廻りの人間にはまったく伝わらない点が、どうにもはがゆかったが、五反田で亡きプロレスラー「大熊元司」とすれ違った時と同じような個人内喜びを感じた。




このようにマスコミに大々的に取り上げられる畸人とは違って、マイナーなままその地方・地域でのみ親しまれる畸人・怪人は存在する。

「10円ちょうだいおじさん」は、四国・徳島県に出没する畸人である。徳島市の繁華街に自転車に乗って現れる。しかも、その姿が変わっている「くりくりの坊主頭」、背中と胸には学校の運動会でつけるようなゼッケン、更に下半身にはスカートを身につけている。この異様な出で立ちで徘徊するのだ。名前の由来は、ゼッケンにかかれたスローガン?に由来する。

そのスローガンとは「10円ちょうだい」「天皇制反対」である。この人物を筆者は小学生の頃(昭和40年代後半~50年代前半)目撃し、異常なインパクトに大きなトラウマを心に受けた。いったい何が主張したいのだろうか。子供心に「10円ちょうだいおじさん」は、大きな疑問を投げかけた。小学校でも友人達の間で話題となり、様々な尾鰭がついていった。

「10円ちょうだいおじさんは、実は天才で東大を優秀な成績で出ている」
「10円ちょうだいおじさんは、実は大金持ちである」

徳島の郷土史家でこなき爺の再発見の実績で名高い多喜田昌裕氏によると、後に徳島のタウン誌で「10円ちょうだいおじさん」の追跡記事が掲載され、実はおじさんは時代によって二人存在したという事が判明したそうである。

このおじさん以外にも、マイナーな畸人・怪人は存在する。妖怪絵師SEL女史の証言によると、昭和50年代初頭、静岡県に「ろくろう」という怪人が出没したという。放課後の校庭で、タイヤを埋めて作った跳び箱の上に腰をかけ、子供が通りがかるのを待ちかまえているらしい。「ろくろう」はチューリップ帽をかぶり、ラジカセを持っているという。

そして、子供に無理矢理ラジカセを聞かせるというのだ。当時、SELさんたちは夕方遅くなると「ろくろうが出るから、早く帰ろう」とささやきながら学校を後にしたという。




他にも総武線で、昭和63~64年代に筆者は「実況中継男」を二度目撃している。その男は、市川あたりで乗車し、錦糸町あたりまで乗っていたように記憶しているが、電車の内部で突如、紅白歌合戦の実況中継をするのだ。

「さあ~第○○回、紅白歌合戦の始まりです。白組北島三郎キャプテンを筆頭に入場してまいりました…」

こんな感じで10分ぐらい延々と実況中継するのである。この男が大声で実況をし始めると車両が一斉に空いてしまう。みんな恐れて別の車両へと退避するからだ。只単に不思議な人なのか、度胸試しなのか。筆者は興味深く観察していたのだが、真顔で真剣に実況する男の真意は最後までわからなかった。

後に就職し、営業中に文化放送の「吉田照美のやる気まんまん」を聞いたところ、外回り担当のアナ寺ちゃんが、似たような企画で不思議さんのふりをしていたが、筆者が目撃した実況中継男も実はラジオやテレビの企画ものであったのかもしれない。

他にも、兵庫在住の妖怪絵師・増田よしはる氏の証言によると、不死身のホームレス「ジェイソン」という人物が存在したという。不心得者により、火をつけられ死亡したという噂があったが、その人物は包帯だらけで再び徘徊しはじめ、不死身の名をほしいままにしたという。

まだまだ地域限定の畸人・怪人は多いはずである。今後の発掘と調査が待たれる。

(山口敏太郎 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)




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