【実話怪談】海の怪・死人柱

 Sさんは、漁師を長年やってきたベテランである。

 板一枚の下は地獄‥。そう言われているこの世界でも、ツワモノと呼ばれる彼。世の中には恐ろしいものは何もない。あの日まではそう思っていた。

 「今は違うね、人間なんぞ、ちっぽけなものだ」
 彼はそう言いながら、赤茶色に焼けた顔を崩す。
 「あれは、お盆の季節だったな…」

 今から30年前、まだ昭和の頃。お盆の時期なので仕事を休んでいたときのことだ。
 漁師の間では、お盆は先祖の霊が帰ってくるという事で殺生を禁じる習慣があった。
 「決して、お盆に船は出してはいけない」
 Sさんの父や祖父も、この戒めは固く護ってきた。この二人は、十数年前の海難事故で遭難死していたのだが、二人とも死ぬまで、お盆の禁漁という習慣を護り続けてきた。




 だが、若い頃のSさんには驕(おご)りがあった。
 「馬鹿馬鹿しい、昭和の時代に迷信なんぞ、親父もじいさんも馬鹿な戒めを信じて亡くなっていったもんだ」
 そう言って、先祖代々の戒めを笑い飛ばしたのだ。
 だが、流石に実際に船を出すこともなく、毎年お盆はゆっくりと休養をとっていた。
 
 しかし、その戒めを解く機会が訪れた。
 東京からやってきたテレビ局が、お盆の時期に瀬戸内の島々の風景を撮影したいと言ってきたのだ。撮影機材や人間の運搬で漁船を出すのも、重要な収入源である。今までもロケ隊を運んだり、雑誌の取材チームを無人島に運んだこともあった。
 「お願いします。誰も怖がって船を出してくれないんですよ」
 その人間は薄ら笑いでそう話し掛けてきた。
 「なんだ、この時期に出すのか」
 Sさんも流石に躊躇した。

 依頼してきたテレビ局の人間も、鼻持ちならない男だが、頼まれたらいやといえないのがSさんの性分である。しかも、テレビ局の男は強く強く、Sさんに交渉してくる。
 「Sさんぐらいしか、船を出す勇気のある人はいないと、皆言ってますよ」
 ここまで言われたら、船を出すしかない。
 「わかった、だそう、俺も男だ」
 「助かります、流石、Sさんだ」

 こうして テレビクルー5名を載せ、Sさんが船を出した。
 「海賊伝説のイメージショットをとりたいんですよ」
 テレビ局側の要望でSさんは、瀬戸内の島々を廻った。

 ――――最初は、晴天であった
 だが、段々と雲行きが怪しくなってきた。白雲を黒雲が追いやり、晴天が曇天に変わっていく。波も高くなり、風も出てきた。
 (いかん、やはり、言い伝えどおりか、そろそろ退散するか)Sさんがそう思ったとき、一斉に雨粒が落ちてきた。
 雨粒が妙に大きい、全身に降りかかると激痛を感じた。

 「おい、全速力で港に戻るぞ」
 Sさんの号令の元、テレビクルーたちが船室に入る。急速旋回した船体は、一目散に港に向かった。
 ――――だが、船が進まない。
 進行方向とは逆の波が押し寄せて来る。まるで船体が巨大な手によってつかまれているように重い。
 「こんな重い操舵は初めてだ」
 Sさんは、海に出て初めて恐怖というものを感じた。船がこれほどまで重荷に感じたことはない。

 (親父、じいさん、戒めを破った俺が悪かったよ)心の中で弱音をはくSさん。だが、多くの命を預かっている自分がここで諦めてはいけない。
 「とにかく、少しづつでも前に進もう」
 Sさんは必死に船を進めた。だが、若干、船が違う方向に流されていく。
 不安に感じたテレビクルーがSさんに聞いた。
 「本当に、大丈夫なんですか? 」
 この質問にSさんがキレた。
 「馬鹿野郎、黙って座ってろ」
 テレビクルーが黙りこくった後、Sさんは船の前方に巨大なものを見つけた。まるで、大きな大理石の柱のようなシルエットが浮かび上がっている。




 「あああああ、あれはなんだ」
 テレビクルーたちが絶叫する。
 その絶望に満ちた叫び声を聞きながらSさんはつぶやいた。
 「死者たちの帰還だ」
 闇が舞い降りた海にそそり立つ巨大な柱。その柱からは、人々の阿鼻叫喚のうめき声が聞こえた。目が慣れてくると、亡者たちが蠢く様が確認できた。

 「化け物だ、亡者たちが、一本の柱になっている」
 テレビクルーたちも全身を震わしている。Sさんは瞬きも忘れ、その亡者たちが創り上げている巨大柱に目をやった。
 「こっ、これが、お盆期間を禁漁とした理由なのか」

 船体の前方では相変わらず、亡者たちの柱が蠢き、嘆きの声をあげている。
 「よいかぁ、よいかぁ、自惚れるでないぞ」
 Sさんの耳に父の声が響き渡った。
 「おやじ、おやじ!」
 Sさんは涙を流し、声の限り叫んだ。すると、その亡者たちの柱・・・そのまま、すーっと消えていった。

 「地元の仲間に後で聞いたんだが、あの妙な柱ねぇ、他にも見た奴がいるんだよね」
 Sさんはそうつぶいた。
 ――――死人柱、彼は柱をそう名付けた。彼は今では、父や祖父の戒めを護るようにしている。

(山口敏太郎 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)

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