これは茨城県のKさんから聞いた話である。
「あんな事は、もう二度と御免だね」
彼は青ざめた顔で回想する。彼は投網を打ちにいったり、夜釣りに行くのが好きなのだが…時々、奇妙な体験をするという。
平成になったばかりの頃、その日は週末で、珍しく定時に仕事が終わった。
「おい、今からXX滝に夜釣りに行こうぜ」
仕事の帰り、同僚がこんな事を言い出した。随分と、急な話だが、釣りと聞くといてもたってもいられなくなる。
「おう、そうだな、えええっと、飯食って風呂入って、滝の前の駐車場に10時に集合っていうのはどうだ?」
Kさんの提案に 同僚も納得した。
「OK!大物を狙おうぜ」
二人はまるで、遊びに行くのを約束した小学生のように楽しげな表情で帰宅した。
「今夜、釣りに行くよ」
彼は嬉しそうに言った。だが、突然、切り出された釣の話に家族はいやな表情を浮かべた。
「あの滝はやばいって噂よ」
女房は遠まわしに止めた。だが、釣り好きのKさんは、まったく気にしない。
「ああ、自殺の多い滝だからね、もう何人も死んでるよね、でも人が寄り付かないほうが大漁なんだよ」
こんな調子で車を飛ばし、○○滝に出かけたKさんだったが…。若干、待ち合わせ時間に遅れてしまった。
「やばいな、怒られちゃうかな」
Kさんが急いで駐車場に車を入れると、友人の車は既にあった。
「いや、すまん、すまん、女房があんまり止めるもんで」
彼は同僚の車に近づいた。だが、誰もいない。
―――車はもぬけの殻であった
(おかしいなぁ、もう滝に下りているのかなぁ)Kさんは怪しいと思ったものの、そのまま自分も滝が見れる場所に下りていき、仕掛けを作ると釣り糸をたれた。
周囲を見ても、誰もいない。先に釣っているはずの同僚もいないのだ。
「おかしいなぁ、何処にいったんだろう」
そう思っていると…、大きなひきが来た。
「おおっ、これは大物だ、負けるもんか」
もの凄い力でひいてくる。まるで、水中に引っ張り込むかのようである。死ぬ気でKさんはひき、浅瀬まで魚をひきづりこんだ。
「どうだぁ」
そう言って、強く引いた瞬間。釣り糸の先に食らいついた獲物の姿が見えた。
「あんなものが」
仰天するKさん。釣り糸にひかれ、一瞬虚空を舞った獲物。
――――白く輝く子供のような物体であった。
ごくりと生唾を飲み込むKさん。(これって、人間だよな。人間がなんで釣り糸に食いついてるんだぁ)
彼の動悸が早くなる。
(まさか、自殺者の…)そう思った瞬間、滝のあちこちに人影が浮かんだ。
水中から、ぼーっと浮き上がるヒトガタ。水面にたなびくヒトガタ。滝から這い上がろうとするヒトガタ―――たちまち、十数体のヒトガタが浮かび上がった。
「やっ、やめてくれ」
悲鳴をあげ、竿を置いたまま逃げ出すKさん。
そのまま車に乗り発車しようとするが、バックミラーを見た彼は心臓が凍った。
―――そぞろそぞろ、怨霊たちが滝からあがってくるのだ。
「わわわわぁぁぁ、たまらねえ」
奥歯をガタガタいわせながら、彼は猛スピードで逃げ去った。
その日以来、Kさんはあの滝には行っていないという。なお、同僚は今も行方がわからない。やはり、奴らに釣られてしまったのだろうか。
(山口敏太郎 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)
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