呪術

昭和初期 元祖生き人形伝説

 「生き人形」と言えば、稲川淳二氏の怪談の中で大ネタのひとつである。
この「生き人形」と酷似した怪談が、昭和30年代に報告されていたのだ。1957年日本文芸社発行の「現代読本・妖怪変化實録史」掲載の杉並二郎氏の「怪異・早苗人形」という記事によると、戦前にまったく同じような人形に関する心霊事件が報告されていたのだ。

 昭和5年の出来事である。神田神保町の古本屋の主人松本七蔵は、所用の為、品川までやってきた。途中、古道具屋で三尺余りの桐の箱が目に入り、主人に声をかけた。
 「特に…その箱はなんだな?」
 「へえ、これですかい、ビックリ山の掘り出しものでさ」
主人が箱からかけ声と一緒に取り出したのは花魁髪を結った綺麗な人形であった。しかも、主人の話によると、この人形には女として全ての部分がそろっているという。七蔵はつい”ふらふら”とこの人形を購入してしまう。しかし、気になったのは主人の最後の一言であった。

 「旦那、言い忘れましたが、その人形、一人で楽しんじゃいけませんよ」
 「抱いて寝てみたくでも、なるのかい」
 「当たらずとも、遠からずでさあ、ご用心ご用心」




 それから、半月程経っての事。土蔵に人形をしまったものの、気になった七蔵は人形を改めて確認してみた。
(文化三年6月12日)
箱蓋には、達筆で書かれている。不思議な事に、今日も6月12日である。七蔵の脳裏に不吉な予感が走る。ひょいと目を人形に戻すと、花のような唇がほほえんでいる。背筋が寒くなるのを感じた七蔵は、あわてて蓋をしようとするが、人形がたちあがり、覆い被さってきた。プーンと心地よい香りがする。

 「主さん、待ちんした」
そんな声を聞きながら、七蔵はいつしか気が遠くなってしまった。

 七蔵を発見したのは、妻のおとしであった。土蔵に入ったまま夕食もとらず出てこない主人を捜し、人形を抱え気を失っている七蔵を見つけたというわけだ。妻に抱き起こされると七蔵は決まり悪げに、人形を箱に収めると土蔵から出ていった。
 それ以来、七蔵は人が変わってしまった。店にも出ず、一日中寝たきりの病人になってしまい、すきあらば人形と寝ているのだ。秋風の立つ9月下旬、七蔵はやせ衰え死んでいった。

 妻のおとしは、七蔵の初七日が済むとこの人形を風呂敷に包み、神田鎌倉河岸の川岸まで持ち運び、ドブンと投げ込んだ。しかし、流れに漂っていくはずの箱が目の前に浮かんで流れない。気味悪く想い、棒きれで強く押しても、クルクル回るばかりで、どうしても川の流れに乗らない。仕方ないので再び風呂敷に包み、持ち帰る途中、神田美土代町の五七地蔵という小さな堂守にあずける事にした。

 「松本の奥さん、今頃なんのご用で」
 「主人を殺したのはこれです。主人はこの人形を買ってきてから、毎晩髪をとかしたり、着物を脱がしては、新妻のように抱いて寝たのです。どうしてあの難しい花魁髪を主人が結えたのか不思議ですが、夫を寝盗った人形がこれなのです」
 堂守は訝しげに蓋を開けた。不思議に人形は水気一滴もない。堂守は人形を丹念に調べるとハッとした様子であった。
 「奥さん、ご覧なさい。ここに年号と一緒に名前がちゃんと書いてあります。『江戸吉原雁金楼遊女早苗』これで思い出しました。私が若い時分、経師屋をやっていた折り、物知りの老人から聞いた事があります…」




 堂守の話によると、雁金楼の早苗は吉原随一の美女として、同時に三人の男から慕われた。仙台候の下屋敷の侍、日本橋大伝馬町の番頭、蔵前札差の三人であった。そして、3人から同時に身請けの話が出て困った早苗は、同輩の桂太夫に相談を持ちかけた。桂太夫は、自分の客であった日本橋十軒店雛人形問屋「光月」の主人に相談し、早苗にそっくりな人形を三体つくりあげた。つまり、その人形を三人に渡して事を治めてもらおうという事であった。

 人形は衣装から、肌つきまで生き写しのような凝りようであったが、人形が完成に近づくにつれ、早苗の顔色が悪くなり、日毎に青ざめていった。そして、人形が出来上がった文化3年6月12日に、ばったりと息を引き取ったのである。
三人の客は本当の形見となったと一つづつ貰い受け、各自浮き世の無情を嘆いたという。つまり、その人形の一つが七蔵の命を奪ったという事である。

 堂守がここまで説明すると、おとしが悲鳴をあげた。
 「ああ、あれを…人形が」
 人形が涙を流していたのである。
 その後、その人形は五七地蔵の堂内に保管されていたが、東京大空襲で行方不明となった。恐らく焼失したのだろうと言われているが、定かではない。

稲川怪談の生き人形と比べ、いくつか類似点があるのがおわかりだそう。まずは人形の所有者が人形を妻のように愛した後、亡くなっている点(行方不明になっている点)、人形と空襲(火事)が関連深い点、人形複数存在する点。怪異というものは、時代を超えて相似形のように繰り返し起きるものかもしれない。

(山口敏太郎 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)

※画像 ©PIXABAY

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