シンクロニシティ

【実話トワイライトゾーン】時間旅行

 Dさんは看護婦さんである。幼少時からナイチンゲールに憧れ、看護婦を目指した彼女は今年で40才になる。
 かつて、彼女が通った看護学校には、不思議なお爺さんがいた。いたと言っても事務の職員さんや講師であるわけではない。朝から晩まで構内をうろついては、若い学生をいろいろ指導する名物おじいちゃんであった。

 この名物おじいちゃんは、元々医師であったらしく、医学や看護に関する知識も豊富で、学生たちにも、いろいろ勉強を見てあげていた。引退後はこの学校の臨時講師のような仕事もやっていた時期もあったらしく、○○先生と古い事務職員さんは呼んでいた。
 だが、元医師、元講師という経歴を鼻にかける様子もなく、生徒たちと気楽に交流していた。 

「あのじいちゃん、かわいい」
 おじいちゃんは、朗らかでやさしく、学生たちに大変な人気で、アイドル的存在であった。また、OBである為であろうか、学校側も特に注意するわけでもなく、そのまま放任していた。
 但し、ひとつだけ変わった点があった。古ぼけた女性の写真を出して、涙ながらに思い出話をする事であった。

「どうやら、おじいちゃんの戦争中の彼女らしいわね」
 学生たちはそう言って、噂した。
 Dさんが見た記憶によると白黒の写真には、現代風の綺麗なナースが写っていた。




 ある日の事、入学後体調を崩して休んでいた友人が復学してきた。だが、顔色も悪く、まだ本調子とは言えないようだ。
「大丈夫、まだ顔色よくないよ」
「だって、このまま休み続けると、学校卒業できなくなっちゃうから…」
 友人はぽつりとそう答えた。

 そこに、あのおじいちゃんが現れた。
「ああっ 貴方は…」
 おじいちゃんが突如大声をあげた。口がわなわな震え、目が大きく見開かれている。興奮して今にも倒れそうである。
「なっ なんですか、おたくは」
 休みがちな彼女は、この名物おじいちゃんと遭遇するのは始めてであったらしい。不安そうにおじいちゃんを見つめていた。

「やっと逢えた、貴方はやっぱりそうだったんだ」
 おじいちゃんは、若者のような凛々しい声で、その友人に問いかけた。
「ええっ、どういう意味ですか、私、貴方とは始めてあったんですが…」
 友人はおどおどしている。

 気まずいムードを察知したDさんは、友人に説明した。
「このおじいちゃんは、元々この学校の講師で、かつて医者だった人で…」
 Dさんの説明を遮るように、おじいちゃんは友人に突進した。
「逢いたかった」
「いやー、気持ち悪い、やめてください」

 勢いよくおじいちゃんをつきとばす友人。
「わしのことわからんのか」
 おじいちゃんは目をむいて、抗議した。
 日頃冷静なのに、いつになく取り乱している。
「やっ いや~」

 友人そのまま学校を飛び出した。
(ちょっと刺激が強かったわね。あの子、大丈夫かな)Dさんの不安は当たった。
 そのまま友人は行方不明となり、3ケ月後両親が退学届けを提出した。しかも、不気味な事に某海岸に学校のカバンを残したままの失踪であった。

「あの子、どうなったのかしら」
 同級生たちの噂になったものの、次第その記憶は薄らいでいった。
 ある日、しょんぼりと夕暮れの校舎の中でおじいちゃんと遭遇した。半年ぶりである。
 あの事件以来、おじちゃんは学校を訪問することをやめていたのだ。

 Dさんは、励まそうと声をかけた。
「久しぶりね。おじいちゃん、元気だった」
「ああっ あんたかね。この前は取り乱して失礼した」
 酷く落ち込んだ様子である。




 Dさんは、おじいちゃんと缶コーヒーを飲みながら話をした。内容は彼の青春時代の恋の思い出であった。
「戦争中、わしは若手の医師でのう。ある町で負傷兵や空襲の犠牲者の治療に飛び回っておった。そんな時、わしは海で溺れていた記憶喪失の娘と出会ったんじゃ」
 おじいちゃんの話によると、海で溺れていた若い娘が病院に連れてこられた。だがまったく以前の記憶を失っていた。しかし、不思議な事に医学・看護の知識は豊富にあり、いつしか助手として彼女を連れて廻るようになったのだという。二人そうして引かれあうようになった。

 ある時、彼女はこんな事を言った。
「私は違う世界から来たの」
 彼は耳を疑った。
「おいおい、そんな馬鹿な話があるものか、まるで科学小説じゃないか」
 そう反論をする彼に対し彼女は続けた。
「違う時空から来たみたい、私、記憶が戻ったの。私のいた時代では戦争は終わっている。20世紀ももうすぐ終わる時代なの」

 おじいちゃんは彼女の発言に彼は絶句した。
「おい、戦争中にそんな事を言うな、生き抜いて僕と一緒に生きよう」
 彼は必死に説得したが、彼女は拒否した。
「私がここにいては歴史が狂うの…だから消えます」

「おい、待ってくれ」
 彼女は手を振り払うと夜の闇に消えてしまった。その夜、以来彼女の消息はつかめていない。

「わしはな、あの夜から、ずっと未来に向けて彼女を捜しているんじゃ」
 Dさんは絶句した。
(どういうこと?おじいちゃんのジョークなの?それとも思い違いなのかな?いや、そもそもその女性こそ、今はやりの不思議少女の元祖なんじゃないの?)疑問に思うDさんにおじいちゃんは、一枚の写真をみせてくれた。

「ほれ、わしの大切な宝物じゃ」
 くしゃくしゃになったセピア色の写真には、失踪したあの子が写っていた。横には笑顔の若い青年医師がいる。

(どうして、こんなに古い写真にあの子がうつっているの?)おじいちゃんは、遠い目をしながら言った。
「今頃、あの子、若い時分のわしと逢って、恋をしておるころじゃろう」

(山口敏太郎 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)

画像 ©写真素材足成

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