妖怪・幽霊

【ゆめこの実話怪談】指環の忘れ物

 これは夏目が大学時代に体験した話。

 体育大生ということもあって、夏目は、ある区役所が設営している体育館での業務アルバイトをしていた。プールチケットの管理やフロアの貸し出し、全体の受付もしていた。
 シフト制で必ず区役所の職員がついていた。私は授業が終わってからのシフトだったので、夜間勤務ばかりであった。

 ある日の事だ。早めの夕飯を食べ終わり、業務に入ると館内の公衆電話がなった。
 「もしもし、◯◯区役所体育館です」
 ザーザー・・・テレビの砂嵐のような音が聞こえるだけで何も応答がない。
 「あらー、公衆電話ってかかってくるもの?壊れたかしら?」職員さんが言った。



 そして20分ほど立ち、また公衆電話がなった。
 「あ、また鳴ってますね」と夏目が言うと、職員さんは「そう?聞こえないわ?….なんだか気味が悪いわね。夏目ちゃん無視した方がいいわ。そもそも公衆電話が鳴るなんておかしい。若い女の子が出るってわかってるからイタズラなのよ!おやめなさい」

 (私にだけ聞こえるの?)そしてまた そのすぐあとだったかな公衆電話が鳴った。

 職員さんの目配せ。(うん、出るのはやめておこ)
 すると今度は私たちが待機している管理室の電話が鳴った。

 「はい、もしもし、◯◯区役所体育管理室です」

 また、あの砂嵐だ。公衆電話の電話に出たときと同じ砂嵐の声だ。一言一句をゆっくり何かを話しているのだが、言っていることが聞き取れない。そして、そのまま電話は切れてしまった。

 何か感じるものがあったので、着信履歴に残った携帯の番号に私からかけてみた。
 「お客さまのかけた電話番号は現在使われておりませ。」というアナウンスが流れた。

 でも、また電話がくるかもしれない。そう思いながら片付け業務に入った。すると閉じたはずの受付窓からノック音が聞こえた。
 職員さんが「はい?」と窓をあけ、「誰もいないわ」と一言。

 私は隣の部屋で荷物をつめる作業をしていたのですが、その声を聞き受付へ向かった。

 紺色のジャージを着た20代半ばくらいの女性が立っている。この日の天気は晴れだったのに女性は全身がズブ濡れなのだ。
 「大丈夫ですか?タオルどうぞ」
 貸し出し用のタオルを渡すと「ありがとうございます」と可愛い笑顔で受け取ってくれた。

 「あの、プールの更衣室に指環を忘れてしまったみたいなんです。」
 「指環ですか?1ヶ月分の忘れ物は、そこのケースに飾ってあります」
 「見てみます」

 職員さんは私に「夏目ちゃん誰と話してる?」と耳元で囁いた。

 どうやら私にだけ見えるようなのだ。

 職員さんに、指環の忘れ物を聞くと、貴金属は1ヶ月すぎると、体育館ではなく、区役所に保管になるという。そのことを女性に伝えると、指環が見つかったら連絡がほしいといわれた。

 名前、連絡先、住所、所属団体名…区役所の職員さんに書類を提出し、明日調べてもらうことにした。
 職員さんが調べると、区役所に指環の忘れ物が確かにあった。その女性へ連絡をとろうと、連絡先(自宅)に電話をすると、女性のお父様が応対して「それは私の娘の名前です。そんなことあるわけないでしょう。うちの娘は死んだんです。悪戯にしては酷すぎます」と話されたそうだ。

 女性は死んでいる…。
 悪戯ではない。

 今度は私から、また女性の家に電話をすることにした。そして、その女性のお母さんは「紛れもなくうちの娘です」と話をしてくれた。
 女性は、当時付き合っていた男性から結婚のプロポーズをされたそうだ。その時に渡されたのがエンゲージリング。家に帰宅して鞄に指環がないことに気づいた女性は、家に帰宅するまで歩いた場所を探しに行くことにしたという。
 コンビニ、カラオケボックス…その日は台風が近づき雨が降ってきたために、お母さんは女性の携帯に電話をした。

 「雨が降ってきたよ。風邪引くから明日にしなさい」
 「残すは区役所のプールなんだけど…」
 「いいから早く帰りなさい」



 その直後だった。交通事故に巻き込まれたのだという。

 私は、女性のお母様と一緒にお墓にその大事な指環を届けにいった。

(夏目夢子 人呼んで「五代目口裂け女」寄稿 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)