1987(昭和62)年2月25日、神奈川県藤沢市のごく平凡なアパートの一室の前に大勢が詰めかけていた。
この部屋に住むミュージシャンの男性と同じバンドのメンバーらが、連絡が取れないことを不安に思って駆けつけてきたのだ。
部屋の中には住人がいるはずだったが、何の応答もない。通報を受けた警察がやむなく鍵を開け部屋に押し入ると、立ち込める異臭の中黙々と作業を行っている男女がいた。
そして、彼らの前には「解体」され肉塊となっていた男性の遺体があった……。これが当時社会を震撼させた「藤沢悪魔祓いバラバラ殺人事件」の発覚であった。
逮捕されたのは部屋の借り主であるA、殺害された男性Bの妻であるCの二人。AとBはいとこ同士であり、子供の頃から仲が良く、成人して後も親交が続いていた。
Bはそこそこ人気のあったバンドのメンバーとして活躍していたが、ブレイクするまでには至っていなかった。やがてAはある新興宗教に入信したことがきっかけで「この世は悪魔に満ちている」という妄想を抱くようになり「救世の曲」をBに作るように促し始める。
私生活やバンド活動で悩んでいた夫妻のBとCは次第にAの言葉に傾倒し、Aの「Bに取り付いた悪魔を祓えば事態は好転する」との言葉に賛同。A自己流の悪魔払いの儀式を行った。
しかし一向にBの体から悪魔が出て行かないため、「Bの肉体を死なせて悪魔を追い出す」との結論によりAC二人はBの首を絞めて殺害するに至った。
なお、全員が部屋に踏み込んだ時、AとCの二人は悪魔を追い出すための「清めの儀式」に没頭していた。死亡したBの作った「救世の曲」を口ずさみながら、AはBの頭蓋骨を削り、Cは足の肉を裁ちばさみで細かく切っていたという。
(山口敏太郎事務所 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)
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