雷獣を切り捨てた名刀「雷切」

 豊後(現大分県)の戦国大名、大友宗麟の重臣であった立花道雪(旧名:戸次鑑連(べっきあきつら))が所持していた刀には「雷獣を切った」という逸話があったという。

 彼がまだ若かった頃のこと。ある暑い夏の日、彼が木陰に涼み台を置いて休んでいた所、にわかに空がかき曇って豪雨が降り出し、彼のいた大木に落雷。一説によれば、この雷の中には雷獣が潜んでいたとされ、襲い掛かってくる雷獣に対して道節は手にしていた名刀「千鳥」を抜き放ち、雷とともに一刀のうちに斬り捨てたという。




 なお、この時「千鳥」の刀身には無数の傷が残ったと言われている。しかし雷を切った彼の身も無事では済まず、半身不随となってしまった。以降、彼は合戦に出る際には輿に乗って軍を指揮するようになったという。また、雷もとい雷獣を切った事から「千鳥」は「雷切」へと名前が変わり、道雪自身も「鬼道雪」「雷神」と呼ばれるようになったという。

 ちなみに、本来の雷切は太刀であったが後に脇差に直されたものが立花家史料館に残されている。この雷切には変色した痕跡が存在しており、伝説ではなく実際に雷に打たれた可能性がある、との指摘もある。

 なお、立花道雪の雷切以外にも同名で呼ばれている刀は複数存在し、後に上杉謙信のもとに渡る事になった竹俣兼光は雷神を二度も切ったために「雷切」と呼ばれていたが、謙信が後にこの刀を振るって火縄銃を切断したため「一両筒」の名がついたという。

(山口敏太郎事務所 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)




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