相撲は日本を守護する結界であった

 稀勢の里が横綱となり、日本人力士が横綱になるのは19年ぶりと言うこともあって、にわかに相撲に注目が集まっている。

 その一方で、相撲という行為が、”神事(かみこと)”であるということは忘れられつつある。相撲という競技そのものが、西洋的価値観で判断されるスポーツではなく、神事である証拠は相撲の中に今も残っている。




 丸い土俵が宇宙を意味し、力士たちが繰り出す張り手が拍手(かしわで)を意味し、力強く踏む四股が地鎮の意味合いを持つことを知らない大人が多い。これは真にけしからん話だ。そもそも、力士の手形を色紙に押してもらい飾るのも、赤ちゃんを力士に抱いてもらうと強い子に育つと言われたのも”力士そのものが異人(まれびと)である”という民俗学的記憶の残像であるのだ。

 何故、力士が相撲甚句を朗々と詠うのか、弓取り式という儀式が何故土俵の上で行われるのか。それは力士がたぐい稀なる言霊使いであり、弓を使った魔除の技・鳴弦の術の使い手であるからだ。

 さらに何故、小結・大関・横綱という役職名なのかよくよく考えると、彼らの存在が日本を護る霊的防衛網である事がわかる。小結は小さく印を結び、大関は魔を大きくせきとめ、横綱は綱をはって結界を形成するのだ。日本神話では、天照大神(アマテラスオオミカミ)の岩戸隠れの際、外での乱痴気騒ぎに驚いたアマテラスが少しだけ開けた岩戸を強引に押し開いたのが、天手力男命(アマノテヂカラオノミコト)であり、この神の霊脈を受け継ぐのが、力士だといわれているのだ。




 事実、横綱は明治神宮にて四股を踏んでその姿を神に披露するし、地域によっては地元住民による神前相撲や、神と人間が相撲を取り、神に勝ちを譲る”一人相撲”が神事として行われている。また、阪神大震災の影響で日本経済が壊滅しかかった時、大相撲協会によって古式相撲という興業が実施され、前座では子供同士による”童相撲”が披露され、本戦では勝った力士側の俵に矢を突き立てる”矢立て”という神事が実施された。相撲は確実に日本人を護るための神の儀式であったのだ。

(監修:山口敏太郎)

画像©PIXABAY




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