我が国が国旗として掲げている『日の丸』は、朱色の赤丸は日輪、つまり太陽を意味している。
我が国の場合、他国のように流血ではなく、古代のアマテラス信仰、太陽神への敬意が込められているのだ。また、赤い丸=日=霊(ヒ)という意味もあるとされている。勿論、白地は”真っ白で純潔な日本の心”を意味しており、日本が世界の真ん中で丸い心で世界的な平和を実現するという”日本の神道的精神”を意味している。(これらの解釈は、神道系の研究家の説であり、他にも様々な諸説があることを明言しておく)
そもそも『日の丸』という国旗と形状に込められた想いは深い。かの聖徳太子が隋の皇帝である煬帝へ、小野妹子を遣隋使として派遣し【日出処天子至書日没処天子無恙云々】(日出ずる処の天子、書を日が没する処の天子に致す)という文面の手紙をもらせたことからも、我々日本人は古来より「太陽が昇る日の出の国」という認識を強く持っていた。
その後、平安時代末期に勃発した源平合戦において、赤旗を掲げた平家と、白旗を掲げた源氏が戦い、源氏が勝ったことから天下統一の意味として太という日輪を入れて「白地赤丸」の旗が統一された国家の象徴とされ、後々『日の丸』のベースとなったとされている。
無論、『日の丸』の発生に関しては、諸説あるのだが、その後『鎌倉幕府』『室町幕府』『江戸幕府』と続く、源氏系であると称した征夷大将軍たちがこの旗を踏襲していったことで、『日の丸』が広く認知されていったという経過は事実のようである。
またその後、近代の国際社会において『日の丸』が日本の国旗として認知された経過は、船旗に由来するという説が強い。『江戸幕府』によって1635年(寛永12年)に建造された『安宅丸』で使用され、『明治政府』によって、1870年(明治3年)に制定された商船規則により、国旗として明文化された。
以来、我々日本人はこの『日の丸』と共に歩んできた。今でもサッカーの試合やオリンピックにおいて『日の丸』を中心に皆が寄せ書きするのは、この旗に対する熱い想いと日輪のパワーに期待する呪術的な願いが潜在意識にあるからだ。戦時中に『日の丸』に寄せ書きをして、出征していく兵隊さんの武運長久をお祈りしたご家庭も多いはずである。
このように旗にはある種、呪具のような役割もあり、フリーメーソンの入団儀式においては旗を片手で握り誓約を唱えるロッジが存在すると言われている。陰謀論者にメーソンの下部組織として名前を度々あげられているボーイスカウト日本連盟においても、幾つかの団においては団旗を片手に入団の儀式が行われており、筆者が少年時代の所属したボーイスカウト徳島第一団でも、同様の入団式が行われてきた。
人の想いや気持ちは旗に記録されるのだ。
(山口敏太郎 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)
画像©写真素材足成