それから、半年ぐらい経ったであろうか。老婆はある夜、奇妙な声をあげた。
「帰って来たんだね、おまえ、帰ってきたんだね」
繰り返し泣き叫ぶ老婆。その狂態に驚いた武田さんは、改札を飛び出した。
すると、老婆は彼に微笑みかけた。
「ありがとね、武田さん。息子が、息子が帰ってきたんですよ」
「えええっ!」
驚愕する武田さんが見つめると、老婆の周りには黒い影法師がうごめていた。ぶよぶよとゴムのような漆黒の闇、黒塗りの人形のような存在がそこにある。
(なんだ、なんなんだ・・・)
不安に晒された武田さんが硬直したまま見つめていると、老婆と黒い影法師は寄り添いあいながら、駅前のカーブを曲がっていく。
今から一緒に自宅へと帰るのだろうか。
するとカーブミラーに黒い影法師の正体が映った。
それは、まるで枯れ木のように細長く引き延ばされた礫死体であった。手足はゴムのように伸び、内臓や目玉は飛び出ている。細く細く不自然に長い、かつて人間だったような物体が歩いていく。
「あああっ、あぐぐっ」
武田さんは、声にならない悲鳴をあげた。
口を開いたまま引き延ばされ、手足の関節は抜けて皮だけになって異常に伸びている。首の骨も完全に砕けて伸びきっている。
だが、表情は嬉しそうだ。その黒い礫死体は、老婆と幸せそうに抱き合って遠ざかって行った。
ぽつんと残された武田さん。
翌日、武田さんは先輩の職員から不思議な話を聞いた。
老婆の息子から会社を奪った男が、関西の某駅で車両に轢かれたというのだ。この町では、その男は立身出世の代名詞的存在であった。その彼が、突如事故に巻き込まれたのだ。
「なんせ妙な事件でな、単純に鉄道自殺とも言えんらしい。目撃者の話によると黒い影が男を包み込んで、ホーム下まで引きずり込んだって言うらしいな」
「ええ?」
「まあ、本当かどうかわからんがね」
先輩はまったく信じてない口振りであったが、武田さんは確信した。
(息子さんは、やっと復讐に成功したんだ)
会社を乗っ取った男は老婆の息子に呪い殺されたのだ。しかも、男が黒い影に引き込まれたホームは、かつて老婆の息子が鉄道自殺した場所であった。
やはり、会社を乗っ取った男は老婆の息子に引き込まれたのだろう。因果はめぐるのだ。
そして、その日の夕方、老婆が昨夜のうちに息を引き取った事を聞いた。
家族の人が改札まで、挨拶に来た。
「おばあちゃんが昨夜亡くなりました。最後に武田さんにありがとうって言ってましたよ」
この言葉を聞き、武田さんはなんともいえない気持ちになった。
(おばあちゃん、息子さんと一緒に逝けたよね)
武田さんは、悲しくて胸がちょっと苦しくなった、と同時におばあちゃんの笑顔が思い出された。
その後、武田さんは鉄道会社に就職し、この事件から25年後、職員として同じ駅に赴任した。武田さんには、今でも改札に立つあの日の老婆の姿が思い出されるのである。
(ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)