モンスター

死体の脳をすすり、人に化ける!?注目ゲームの題材にもなった妖怪「野狗子」

昨年末、とあるホラーゲームが話題になった。その名も「野狗子: Slitterhead」、名作ホラーゲーム「サイレントヒル」「SIREN」シリーズを手掛けた外山圭一郎氏らが立ち上げたゲームスタジオからの新作ホラータイトルとの事で、大きな注目を集めた。

主人公は「憑鬼(ひょうき)」と呼ばれる記憶と肉体を失った霊魂のような化け物で、人間に擬態する怪物「野狗子」を殲滅する使命に駆られて1990年代香港の魔窟と呼ばれた「九龍」の街を奔走する。

おりしも九龍では人々が脳を食われたかのような死体となって発見されるという連続殺人事件が起きており、人々はまるで伝説上の怪物である「野狗子」が蘇ったようだと噂しあっていた……という筋書きだ。

ゲーム中でプレイヤーは名前の通り人や動物に憑依をくり返して感情や知識を蓄え、時に乗り移った人を捨て石にして(!)野狗子たちを倒していく。

トレイラー画像でも野狗子たちの不気味な姿は印象的に描写されており、猥雑な九龍の風景と相まって独特の雰囲気を纏っていた。ゲームとしては主にボリュームや演出面等で賛否が分かれていたものの、次回作に期待する声も上がっており、概ね良作とする評価となっている。

さて、タイトルともなっている「野狗子」は中国の古典にも登場する人食いの妖怪の一種だ。その記述は中国古典の短編小説集であり、清代の神仙や怪異にまつわる話を集めた『聊斎志異』の第一巻に掲載されている。

それによると、順治18年(1661年)に起きた「于七の乱」の頃、棲霞(せいか)県の李化竜という人物が反乱軍の本拠地から山奥へ逃れようとしていた時の事だったという。運悪く官軍側の大群と行き当たりそうになった李化竜は地べたに伏せて周囲にある死体のふりをしてやり過ごすことにした。

だが、軍が去った後に腕が切られたり、首を切り落とされた死体たちが起き上がり、口々に「野狗子が来た!」と怯えたように騒ぎだしたという。

李化竜が驚いて逃げ出そうとしたところ、犬の頭に人間の体をした怪物が姿を現した。そして怪物はそのまま地べたの死体を掴み上げると、頭部にかじりついて頭蓋を割り、脳みそをすすり始めた。一つすすり終えると次の死体へ、また次の死体へと手を伸ばす怪物から逃れるべく、李化竜は死体の山の中に頭を隠した。

しかし、怪物は一体、また一体と死体の脳をすすっていき、いよいよ李化竜に届かんばかりとなった。追い詰められた李化竜は手元にあった大きな石を手に取ると、力任せに怪物の顔を殴りつけた。

この一撃が堪えたのか、怪物はふくろうのような悲鳴を上げて逃げ去ったという。怪物の去ったあとには血だまりと、先が尖った15センチほどの曲がった牙が2本、残されていたという。

この牙を李化竜は持ち帰って様々な人に見せたそうだが、誰も同じような牙を持つ生物には思い至らないとの事だった。

このように「野狗子」は凶暴な妖怪であるが、人の死体を食い荒らす側面の方に焦点が当てられているようだ。

「野狗」も文字通り野犬、野良犬を指す言葉なので、死体をあさる野犬や野生動物の様子から連想された妖怪なのかもしれない。また「野狗子」は地域によって特性が違うようで、湖南省の一部地域の伝説では人間の死体をあさって心臓を食べる事で、人間の姿に変身することができるとされている。

前述したゲームの「擬態」という特性はこちらの伝説から来ているのかもしれない。

なお、「人間の脳をすする」という習性を持つ妖怪は日本では報告されていないが、中国には似た習性を持つ妖怪が複数存在している。

『捜神記』には羊や豚に似た「媼(アオ)」という妖怪の記述がある。こちらは普段は地中に潜んでいるが、人間の死体が埋葬されると近寄ってきて、死体の脳を食うという。死体を狙うという「野狗子」や「媼」の習性は日本の妖怪の「魍魎」にも似ていると言えるかもしれない。

また『子不語』には「山和尚」という山に住む妖怪が紹介されており、黒い体に毛のない頭をしているため、遠くから見ると寺の和尚に見えるためこの名前で呼ばれているそうだ。

「山和尚」は洪水などが起きると山から降りてきて、一人で行動している人や病気の人をだまし、襲って脳を食べるという。「野狗子」や「媼」よりも凶暴さが増しているのが興味深い点といえる。

いずれにせよ、中国で伝えられている「脳みそを食べる」妖怪たちは野生動物の習性のほかに、本当に珍味として人肉食が好まれていたことによるものではないか、とする説もある。

少し昔の話になるが、中国の珍味として「猿の踊り食い」というとんでもない料理が存在したという噂が存在する。この料理は頭を割って脳を露出させた猿を、首だけ出してテーブルに固定し、スプーンなどで猿の脳を生きたまま食べるという代物だったそうだ。

この料理に参加した人々は食われる猿が暴れる様子を楽しんでいた、とか。噂や都市伝説にしても胸糞の悪くなる話だが、このような料理や脳を食べる妖怪の伝説が生まれた背景には、やはりそれなりの食文化などが影響していたのではないだろうか。

関連URL
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E7%8B%97%E5%AD%90
https://zh.wikisource.org/wiki/%E8%81%8A%E9%BD%8B%E5%BF%97%E7%95%B0/%E7%AC%AC01%E5%8D%B7#%E9%87%8E%E7%8B%97
https://gamewith.jp/ps5/game/article/show/7337/36720
https://chkai.info/chinaogui
https://fantasy.kakurezato.com/encyclopedia/ye-gou-zi.html
https://www.4gamer.net/games/609/G060908/20241101042/

(山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

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