以下は1971年(昭和46年)5月13日の毎日新聞に掲載された珍事件である。
5月13日の朝、羽田空港を出発した仙台行きの航空機をハイジャックしようとした化学工場勤務の男が逮捕された。男は離陸から約1分半後、機内でキャビンアテンダント一名を呼び止め「この名刺を全員に配って欲しい」と自分の名前が書かれた100枚近くの名刺を渡した。
しかし、キャビンアテンダントがこれを拒否すると、男は「オレは今、原爆を持っている!このまま北朝鮮へ行け!」と叫んだという。
航空機のなかで原子爆弾が爆発すれば乗っている乗客はおろか、日本全土に放射能が降り注いでしまう。これはまさに前代未聞の大事件である。
しかし、『これはハイジャックだ』とすぐ気がついたキャビンアテンダントは、機長に「機内におかしな男がいる」と伝え、事態を察した機長がすぐに羽田空港へ戻り、結局着陸後に男はハイジャック防止法に乗っ取り逮捕されたというのが大筋である。
この事件の背景には1970年に発生した赤軍派による日本初のハイジャック事件である「よど号事件」が影響していると考えられる。
現に犯人が指定した行き先も、よど号事件と同じ北朝鮮で、さらに男は「社会主義国家である北朝鮮で人類平和のために尽くしたい」と赤軍派の主張と非常に似た動機を自供しており、ただの模倣犯であった可能性は高い。
ちなみに男がしきりに叫んでいた原子爆弾は、航空機のなかにはなく、男の完全なハッタリであったことが後に明らかになった。
なお、原子爆弾を使った脅迫行為は、この事件の8年後に製作された映画『太陽を盗んだ男』(監督:長谷川和彦)でも描かれている。
『太陽を盗んだ男』では、原爆を自作した高校の化学教師が「オレは原子爆弾を持っている」と脅迫行為を繰り返すアクション映画であり、見ようによっては今回ご紹介している原爆ハイジャック事件と『太陽を盗んだ男』は共通している部分は非常に多い。
現在、国以外で原子爆弾を所有している個人は存在しないだろうが、化学の発展によっては、近い未来に原子爆弾による脅迫がハッタリではなくなる日がいつか来てしまうかもしれない。
(文:穂積昭雪 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)
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