千利休と言えば、日本における茶道の創始者といっても過言がない。その当時ではいま一歴史が浅かった茶道を、文化の一分野と言えるまでに確立させたのは彼の業績と言っていいだろう。
そんな利休も秀吉の逆鱗に触れ切腹に追い込まれることになるのだが、いまいち利休切腹の本当の原因というのが定かでは無い。
あくまでトンデモ仮説の部類に入る話であるが、千利休が茶道を確立するときにキリスト教の儀式を入れたと言う話がある。
かく言う筆者は、飛鳥昭雄先生に「千利休は、セント利休だ」と言う説を聞かされ、ひどく驚いたことがある。まさかそれはないだろうと思いながらも、可能性はゼロとは言い難い。
そもそも利休の高弟・高山右近はキリスト教の信者であり、利休が本拠地とした堺には、キリスト教の宣教師が多く出入りしていた。
お茶の場合、大抵がお茶とお菓子というコンビネーションであるが、キリスト教の場合はぶどう酒とパンである。この聖餐式が茶道のベースになった可能性は大いにあるのではないか。
また茶道によく見られる茶碗を回す動きは、ヨーロッパにも存在する。ティーカップを回してお茶を飲むと言う仕草が茶道と似てないだろうか。
だとしたら、千利休の「千」が「セント」と言う話も面白くなってくる。
大胆な指摘では福音書を描いたとされるセント・ルカが鈍って、セント・リキュウになったと言われているのだ。やや強引な気がしないでもないが、お茶の宗家ゆかりの人物も茶道がキリスト教の影響受けたと言うのは認めている。
だとすると利休の切腹と言うのは、茶道にキリスト教を取り入れてしまった責任を取らされてしまったのだろうか・・・?
ばかばかしい話だがロマンは広がる。
(山口敏太郎 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)
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