実録・横浜メリーさん、船橋老女ナンパ事件

 昨日ご紹介した「謎のポンポンおじさん」が想像以上に好評だったので本日もまさしくUMAと言っても間違いない変な人を紹介したい。

 他にもかつて横浜沿線には怪人が出没していた。「メリーさん」という老女は、かつて横浜市民なら誰でも知っていた。当時、神奈川区に住み横浜の大学に通っていた筆者も「メリーさん」は一度だけ会った事がある。白塗りで白い衣装に身を包んだその出で立ちは異様であった。

 「いやー、なっなに~」

 女性の軽い悲鳴と同時に、ばっと割れる人混み、その割れ目を裂くように「メリーさん」は歩いてくる。好奇の目と、またあの人かという冷めた視線にも怯まず「メリーさん」は顔をやや前側に出しながら歩いていく。

 これが筆者と「メリーさん」の遭遇であった。当時から既に民俗学に目覚めていた筆者は、異人(まれびと)に出会えた恍惚感でいっぱいであった。




 当時、バイト先やキャンパスでは「メリーさん」は恰好のウワサの対象であった。当時私が聞いたものをいくつか紹介すると

 「メリーさんに会うと、その日は幸せ!」
 「カップルで歩いていて、メリーさんに会うとその二人は結ばれる」
 「メリーさんは戦後GHQの将校と恋をした。帰国してしまったそのアメリカ人の恋人を今も待っている」
 「何十年もあまり年をとっていない」

などである。

 今考えて見ると、「メリーさん」のファッションは現代におけるゴスロリブームの先取りだし、年をとらず、恋人を待ち続ける処女性は何処か巫女に通じている。当時の横浜の人達が、ピーターパン化し、年を取ることを拒否した童女(=老女)に、恋の女神的な役割を設定したのは至極自然な出来事だったのかもしれない。

 やがて、この「メリーさん」が全国的に有名になり各地特有の「ご当地メリー」が群雄割拠した。中には「白塗り」ではなく、「黒塗り」「青塗り」など様々な童女(=老女)が報告されたのだ。だが、本家「横浜メリー」は2005年に他界した。年が年だけで心配であったが、ついに亡くなっていたのだ。しかしながら、筆者は最終的には「メリー」さんがあの世でアメリカの恋人に会えたと…思いたい。

 メリーさんが異常な人気を博したのは、そこに今流行りの純愛が伝説のベースにあったからである。まるで現代のロミオとジュリエット、いやはや七夕伝説の再現か。愛すべき人と離れてしまったメリーさんの悲劇性に人は無意識のエールを送ったといえよう。

このような実録版・「肉体の門」と言うべき、街角に立つ老女は各地にいるようだ。90年代前半、仕事帰りの筆者はJR船橋駅の西武前に立つ老女の二人組を毎晩のように目撃した。やせぎすの厚化粧の老婆のたたずむ姿は不気味で、何度も卒倒しかけたが、思わずナンパしてしまう人はいるのであろうかと疑問であった。だが、当時の職場の上司だった某氏が、泥酔した上、老女一人をナンパし、そのままホテルで翌朝目を覚まして、ショックで卒倒してまた眠りについたという珍事件が実際に発生した。

 世間は幽霊より怖いものだと痛感した事を今でも覚えている。

(山口敏太郎 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)

画像『ヨコハマメリー [DVD]』ジャケット写真より

 

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