日本珍スポット探訪~桃太郎神社(愛知県犬山市)

 日本で知らない者はいない、有名な昔話“桃太郎”。桃太郎伝説の地は岡山県が有名であるが、意外に日本各地に桃太郎の伝説は残っている。
 そんな中、中部地方に伝わる桃太郎発祥の地に、どこよりもインパクトのある『桃太郎を祀る神社』があるという……。百聞は一見に如かず。そんな訳で、『桃太郎神社』に行ってきました。




 桃太郎神社は愛知県と岐阜県の県境、木曽川沿いに建っている。年季の入った遊具の並ぶ広い公園の、ど真ん中に石造りの大きな鳥居が構えているのだ。しかも鳥居の真下に何か立っている! もしや桃太郎か!? 勇んで駆けつけるとそこには……きび団子を持ち、鎧を着たサルが。しょっぱなのセンターは桃太郎とちゃうんかーい!
 などと思っていると、目の前にピンク色に輝く物体が。二の鳥居の下に、桃色の桃の中から桃色の肌をした桃太郎が現れ……赤んぼのはずなのにオッサン顔だ。これは所謂キモカワイイ属性に入るのだろうか。後ろに回ると、「桃太郎にのぼってあそばないでください」の文字が。うーむ。

 像はどれもコンクリートで造られており、独特なデフォルメのせいかどこかゆるい。参道を登っていくと、境内で成長した桃太郎とそのご一行がおでむかえ。こちらの桃太郎はおおむね昔話で見る格好をしている、のだが顔が表情にとぼしく白塗り。参道にいる桃太郎からどのように成長したんだ。
 このゆるい空間は、境内の右手にある『宝物館』に行ったところでスパークする。大人200円の入館料を払って入ると、中には鬼退治の伝説や鬼の実在を証明する物証がたくさん。鬼のミイラ、鬼の頭蓋骨の写真(※いずれも実物は消失)、鬼の金棒に、正真正銘の『鬼の珍宝』!……ただの石やん、と疑ってはいけないんですね?

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 コンクリート像は宝物館の前にも並んでいる。中でも目立つのはピンクの鬼。『やさしい鬼です 背中へどうぞ!』と書いてあるが、なんだか顔がイヤラシイ。
 これらのインパクトでかい像を造ったのは、愛知のコンクリート造型士・浅野祥雲氏。子どもの神社、と言う事もあってデフォルメの度合いを高めたのだろうか。……あんまり子供が喜ぶ感じじゃないけど。

 境内の左手には本殿がある。大きなどピンクの桃型鳥居をくぐろうとすると、『桃形鳥居をくぐれば 悪は去る(サル) 病は去ぬ(イヌ) 災いは来じ(キジ)』とな。おみくじを結ぶ所にいる石造りのサルには『悪運はサル 凶のおみくじはこのサルにたべさせてください』と書いてあり……商魂たくましい、などとは不謹慎なので言いません。ええ、言いませんとも。
 さて、静かな佇まいの本殿は、壁一面に願い事を書かれた絵馬が何層も重なっており、その数に圧倒される。子供の安産や成長、健康を祈る親たちの願い、そして、同じく願いを書き込む子どもたちの拙い字。
 そう、ここは子どもたちのための神社なのだ。

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 桃太郎神社の祭神は、『大神実命(オオカムヅミノミコト)』と言う。古事記の中で伊弉諾尊(イザナギノミコト)が桃の実によって窮地を脱した話があり、この桃に付けられた名前が『大神実命』なのだ。そして、昔話の桃太郎はこの神の化身だという。
 桃太郎は、木曽川上流に住んでいた鬼を退治した後、お爺さんとお婆さんに孝養を尽くした。そして二人が天寿を全うすると、自分の役目はこれで終わったと悟ったのか、近くの山に登ったきり姿を隠してしまった。以後、山の形が桃の形へ変わっていったので、この山を桃山と呼ぶようになったという。




 この桃山には昔から『子どもの守り神』が祀られており、昭和5年に現在の『桃太郎神社』として遷座された。
 元は山神の『子供神』と昔話の桃太郎のモチーフが次第に融合していった結果、産まれた神社だったのだ。
 当時の宮司、川治蘇山氏はこの神社を観光開発の一環として考えたらしい。いちいちインパクトのある像も、ツッコミどころの多い宝物館の内容も、「笑い出すような物があっても良い」との考えによるものだったという。

 取材に行ったのは秋晴れの土曜日だったので、多くの親子連れが参拝していた。参拝を終えた彼らは、神社の下にある公園や木曽川の川岸で遊んだり、近くを散策したりしていた。人々の、何よりも子供達の笑顔に囲まれてこそ成り立つ神社、それがこの神社のあるべき姿なのだ。

 
(黒松三太夫  ミステリーニュースステーションATLAS編集部 寄稿・ミステリーニュースステーションATLAS)

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山口敏太郎の携帯ルポ 桃太郎神社  111030

 

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