シノラーブーム作った篠原ともえ、実家は脱サラ寿司屋!祖母は焼酎造り!!





かつて奇抜なファッションとド派手な言動で人気を集めた篠原ともえ。彼女のファッションをマネる若い女性はシノラーと呼ばれ、日本中を席巻した。

そんな彼女のルーツはなんだろうか?

2018年1月2日にテレビ朝日系列で放送された「路線バス寄り道の旅」の中で両親や祖母の逸話が公開された。

篠原の実家は寿司屋ということでよく知られているが、実はもともと父親はサラリーマンであった。寿司屋で修行した寿司職人ではなかったのだ。ある時、築地に行ってその威勢の良い活気に感動して脱サラして寿司を始めたという。

母親もアパレル関係をやりたかったが、父親がどうしても寿司職人になりたいという希望に協力したいと思い、夫婦で寿司屋を開店したというのである。




実家が寿司屋と言えば、アトラスでは小堺一樹の話を記事にさせてもらったが、脱サラして寿司屋を開業したというのは珍しい。

ちなみに、篠原の母方の実家は青ヶ島である。祖母は青ヶ島で芋焼酎を作っていたらしい。酒造メーカーとかそういう大そうなことではなく、青ヶ島では女性が男性のために酒を作ることが一般的であったようだ。

余談だが、篠原は焼酎が好きだという徳光和夫に青ヶ島の焼酎「あおちゅう」を送ったというが、徳光はいまいち覚えていなかった。

(山口敏太郎 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像『御朱印をはじめよう

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