【悲報】信長が謀反されまくっていたという事実。実は身内には優しかった?

どうも歴史担当のライター、ダルです。

織田信長の最期は皆さんがご存知の通り、かの有名な『本能寺の変』です。色々不確かな部分の多い事件ではありますが、織田信長が家臣の“明智光秀”によって討たれた日本史上で最も有名な裏切り・下剋上事件と言っても過言ではありません。

 ※本能寺の変とは?
 1582年に京都の本能寺で宿泊中であった織田信長に対し家臣であり、毛利攻めに加勢するよう命じられていた明智光秀が、きびすを返し主君の寝込みを襲った下剋上事件です。

これにより信長だけでなく、その嫡男であり既に家督を継いでいた織田信忠も討たれ、織田の天下布武の野望が潰えたという日本史上の大きなターニングポイントです。しかしそんな重大事件でありながらも、その謀反理由など未だ謎の多い事件でもあります。

“謀反”とは辞書によれば「臣下が、君主にそむいて兵をおこすこと。」とあります。まさに本能寺の変のような出来事を指す言葉ですね。

しかし、信長はたまたま本能寺が最期となっただけであり、それまでにも幾度となく謀反を起こされています。

もうそれはそれは謀反されまくりです。なんなら身内からもされているほどです。同じ人物から二度謀反を受けることすらありました。

しかしながら二度謀反を受けるということは、逆に言えば一度は謀反を許しているということです。苛烈なイメージのある信長ですが、そういった事実から織田信長は身内には甘かったのではないか?という考えが頭をよぎります。

今回はそんな謀反慣れした信長の華麗なる謀反被害遍歴の代表例をご紹介すると共に、身内に甘かったのかどうかを考えていきたいと思います。

おすすめ記事:
もし理系と文系で戦争したらどっちが勝つの? 





実弟、織田信勝による二度の裏切り

Credit: Wikipedia稲生原古戦場跡(愛知県名古屋市西区)

栄えある信長一度目の謀反経験は弟の“織田信勝”によるものです。

うつけ者として有名な兄信長とは対照的に、品行方正で家中の人気もあった信勝は林秀貞・林通具・柴田勝家らを味方につけて信長に対して挙兵しますが、稲生の戦いで敗北します。

母の仲介もあり命は助けられましたが、後の織田家筆頭家老となる柴田勝家がコロッと信長側についてしまいました。

そして懲りずにもう一度謀反を企てますが、今度は勝家に密告され逆に暗殺されてしまいます

母の仲介があったとはいえ一度は謀反を許していますね、そして同じく謀反に加担した林も柴田も許しています。二回目の謀反は自業自得ですが、なんだか可哀そうな気がしなくもないです…。

妹お市の婿である浅井長政との戦い

織田信長の妹と言えば絶世の美女として有名な“お市の方”です。その婿となったのは180cmオーバーだったと伝えられる巨漢“浅井長政”。

浅井長政像。当たり前ですが、創作物のイメージとはかなり違うようです。

創作物では爽やかイケメンに描かれることの多い人物ですが、実際のところ恰幅はよかったようですが…お顔の方はどうなんでしょうね。美男美女の方が夢があるので私は爽やかイケメン説を勝手に信じます。

どうでもいい話はさておき、この婚姻をきっかけとし浅井と織田は同盟を結びます。

しかし、浅井家と昔から親交の深かった“朝倉義景”が信長に討たれようとしていると知り長政は救援に向かいます。(朝倉との関係は過去のもので単に利害関係が一致したから、朝倉を攻めるのは同盟の規約に反するから等というような説もありますが真相はどうなのでしょう。)

と、まあなんやかんや理由はどうあれ信長を裏切る形になったのは事実です。

最終的に長政は小谷城で包囲され、父と共に自刃します。この際に何度も信長は降伏するよう勧告したようですが、浅井側は頑としてこれを受け入れなかったようです…。

その後、戦勝の祝杯が岐阜城にて行われます。

浅井の最期というと『髑髏の杯でカンパーイ!!』のイメージが強いかと思いますが、実際のところ信長は酒を好まないたちでありましたし、そのような記述が見られるのは江戸期に入ってからなので後世の創作であると考えられます。

しかし、宴会に髑髏が持ち込まれたこと自体は事実のようです。箔濃(はくだみ)と呼ばれる漆を塗って金箔を施したオシャレなこうべ、しゃれこうべが披露されたようです。

「酒宴に髑髏なんてやっぱ悪趣味なんやな、あのちょび髭楽座」とお思いかもしれませんが、当時は遺骨を七年間供養することで成仏できるという考えがあったそうなので、信長なりの供養だったのではないかと思われます。また、箔濃というのはそもそも死者に対する弔いや敬意を籠めて行われるものです。

わざわざ首を探させて手の込んだ装飾をしていることから、妹婿の冥福を祈る気持ちがあったのではないかと私は思います。



意地でも降伏しない、これはやらん。松永久秀。

信長への謀反と言えばこの人を紹介せずにはいられません。戦国のボンバーマンこと“松永久秀”です。

太平記英勇伝:十四、松永弾正久秀

あまり詳しく書くと松永久秀にこの記事を乗っ取られかねないほどの濃密な人生とキャラクターの武将です。端的に言うと剣豪将軍足利義輝を暗殺し主家を乗っ取り東大寺を焼き討ちした凄い人です!

そもそも松永久秀は将軍暗殺・主家乗っ取りを共に画策した三好三人衆とのいざこざに信長が介入したことことがきっかけで、信長の傘下に入りました。(この時、三好三人衆が東大寺に立てこもったことから、東大寺に火をつけ応戦するという暴挙に出ています。)

しかし、足利義輝の跡を継いだ15代将軍“足利義昭”が『織田包囲網』を画策するとこれに賛同して離反します。この包囲網は要であった武田信玄が病死することで瓦解しました。信長がその実力をかっていたこともあり、松永久秀は居城である多聞山城を明け渡すことで手打ちとされ、松永久秀は信長の下に戻りました。

 大和国多聞城諸国古城之図(浅野文庫所蔵) 

ただ、ここでそのまま大人しくできないのがMr.ボンバーマン松永秀久です。

信長が本願寺との戦いで苦戦を強いられるさなかに二度目の謀反を決行、本願寺攻めから勝手に離脱しました。

信貴山城に立て籠もり、再び信長との対決姿勢を明確に表します。それにしても包囲網やら挟撃やらのタイミングで謀反するあたり策士といいますか…曲者です。

そんな松永の下に信長は使者として“松井友閑”を派遣し、理由を問い質そうとしましたが会おうともしなかったそうです。そこで信長は嫡男の信忠を総大将とした大軍を送り込み、信貴山城を包囲させました。

織田軍は「“名器・平蜘蛛茶釜”を譲れば許す」と降伏するよう求めます。しかし久秀は「平蜘蛛の釜と我らの首と2つは信長公にお目にかけようとは思わぬ、鉄砲の薬で粉々に打ち壊すことにする」と返答しこれを拒絶しました。

blog-imgs-58.fc2.com 平蜘蛛茶釜

要約すると「この大事な釜も俺も信長には会いたくねえから!火薬で木端微塵に吹っ飛んでやんよ!!」という感じのなかなかぶっ飛んだ返答です。

その後松永は平蜘蛛を叩き割って天守に火をかけ自害したとも、切腹後に首を茶釜とともに家来に爆破させたとも言われています。 どちらにせよド派手な死にざまであることは間違いありません。

これが昭和以降に「平蜘蛛に火薬を詰め込み火をつけて城ごと自爆する」と脚色されて小説やドラマで広まったことにより、日本初の爆死した人物と言われ近年では「戦国のボンバーマン」とあだ名されるほどにまでなりました。

少し話が逸れてしまいましたが、松永久秀は信長に相当気に入られていたのか一度目の謀反だけでなく二度目も許そうとして降伏するように説いています。しかも二度目は理由を問いただすために使者まで派遣していますね。

いくらなんでも無条件で許すわけにはいかないので、茶器を差し出せと言ったのだと思われますし寛大な措置ではないでしょうか。

なぜに茶器なのか?ボーナス的な役割

ここで何故茶器が降伏の条件なのかということを注釈しておきたいと思います。それはこの時代では茶器が珍重され恩賞≒功績へのボーナスとして用いられていました。

現代人の感覚からすると「茶器もろて何が嬉しいねん金くれよ」って感じですが、この時代の感覚からすると「え?茶器貰っちゃっていいんすか?あざっす。俺明日からも仕事頑張るッス。殿最高ッス」という感じです。

なぜかと言えば昔から戦功の恩賞と言えば領地や報奨金でした。しかし土地には限りがありますし、お金は払う側にも負担が大きい…そこで普遍的に価値・名誉のある「勲章」のようなものが必要でした。
それが茶器なのです。今でいう美術品のようなものでしょうか。価値が信用から成り立っていることから鑑みて「紙幣」と同じようなもの、と考えてもいいかもしれません。

また、当時信長を中心に「茶道ブーム」が巻き起こっていたので、茶器はお茶会によりお偉いさんとお近づきになるためにも必須アイテムでした。そういった政治的な意味合いからも武将たちは茶器を欲しがり、茶器でなく領地を与えられたことにガッカリした者もいたほどです。

信長は身内に甘いのか?

 三宝寺所蔵の、信長を描いた肖像画とされるものを写した写真

さて今回は代表的なものをピックアップしてみましたが、最終的には明智光秀の謀反により亡くなるまでに信長は荒木や波多野など他にもまだまだ謀反されています。むしろそれだけ謀反されていながらも本能寺の変までよく生き延びることができたなと感心するほどです。

皆さんはいかがでしたでしょうか。これらの謀反への信長の対応をどう感じられたでしょうか。

信長は数々の裏切りを受けていますが弟を許し、妹婿には何度も降伏勧告をし、気に入った人間には一度だけでなく二度目も許そうとしています。私にはとても身内には甘く、人間臭い人物に思えてなりません。

しかし見方によっては利用価値のある人間は重用する打算的な男、何度も裏切られるような求心力のない男…などともとれるかもしれませんね。

あなたの中にはどのような信長像ができあがったでしょうか?

(不思議.NET ダル )

関連記事

最近の投稿

プレスリリース

  1. 2017/11/7

    みんなで怪談を語り合おう!【志月かなでの怪談サロン】開設!
  2. 2017/11/4

    毎週珠玉の怪談をお届け!「ネタりか」にて怪談師・志月かなでの「土曜怪談」最新話配信!
  3. 2017/10/16

    ホラー映画史上、こんなにも恐ろしい人形は存在しなかった『アナベル 死霊人形の誕生』
過去の記事
ページ上部へ戻る