『人はなぜネコを飼いつづけるのか』【下】

『人はなぜネコを飼いつづけるのか』【上】より続く

ネコとカイコ

 前回、日本の農村でどれだけ猫が飼われていたかという話をしたが、猫が爆発的に日本中で飼われ大切にされるようになったのには、やはり【養蚕】というものを抜きにしてはかたれない。

【養蚕】つまり、絹織物をつるためのカイコの飼育である。

 今でこそ化学繊維におされて市場がへったが、むかしは絹の高級品としての需要は高かった。当然生産者である農家に、多くの現金収入をもたらしてくれた。

 だが、このカイコは飼育にじつに手間と労力がかかる昆虫でであった。まず、エサは桑の葉しか食べない。そして暑さに弱く、飼育場所(多くは農家の二階など身近な場所)の換気には気を使わなければならなかった。

 つまり、オープンな環境でしか飼うことができないものなのである。そのオープンな環境に、カイコの天敵がやってくる。

 ネズミである。ネズミはカイコの卵から幼虫・繭・サナギにいたるまで全世代にわたって食い荒らす恐るべき存在であった。当然このネズミをどうにかしなければならず、そうなればこれまた当然ネコの出番となったのである。実際ネコたちはよく頑張ってネズミを退治してくれた。

 人々はこの猫たちが世を去ったとき、その恩に報いることと同時に、ひきつづきカイコを守ってほしいという願いをこめて慰霊塚や神社を立てたりした。

 これを猫塚とか猫神社などという。




 〇猫塚と猫神社

 養蚕を日本にもたらしたのは渡来人の秦氏だが、養蚕の神は白山神社である。秦氏は八幡神ともかかわりが深い氏族だが、日本の大変に古い信仰である白山とのかかわりは謎である。

 話しが少しずれてしまった。

 つまり猫塚と猫神社は、ネコが大事に飼われていた証拠の場所なのだが、この猫塚・猫神社の分布と養蚕の盛んだった場所を地図上で重ねてみると、その位置はほぼ一致する。ネコは愛され、頼られもした人間の相棒だったのだ。

 相棒というと何もいいことばかりがあったわけではない。人間は争いごとをする。それも時として大規模な争いごと【戦争】をする。戦争をやるのはあらゆる生物の中で、人間とアリだけらしいが、とにかくよくやる。

 これに付き合わされたネコたちがいる。【軍猫】(ぐんびょう)という。

 豊臣時代、朝鮮出兵のおり、薩摩の島津軍は七匹の猫をつれて海を渡っている。模様は全部の猫がチャトラだったらしいのだが、これはペットなどではなく、ネコの目の瞳孔の大きさによって時間をはかったといわれている。真偽のほどはともかく、とにかく可哀そうな猫たちは戦場に送られてしまったのだ。

 七匹のうち生きて日本に帰ってきたのは二匹だけだった。この二匹を祭った神社が鹿児島市にあり、その名も猫神社という。

ネコと妖怪

 この記事の最初にネコは死ぬと辻に埋められたということを書いた。道と道が突き当たり、交わる辻は、古来から異界へ通じる場所だと信じられていた。日本の妖怪に【辻神】というものがある。

 神とはつくが妖怪であり、夜に辻に現れて人を脅かしたり殺したりしたといわれる。私はネコが辻に葬られたという理由に、こういった異界からの化け物たちから守ってもらおうとしたのではないかと思っている。

 古代エジプトやバビロニアでも、大蛇から人間を守ったネコの神話が残っている。日本にも大ネズミの妖怪から飼い主の娘を守ったネコや、やはり大蛇から家を守ったネコの伝説がある。

 日本では昔から、ネコには特別な霊力とでもいうものがあり、いじめたりすると祟るが、可愛がれば恩返しをしてくれるとも考えられていた。祟る力は守る力になるというのは、関西に多い御霊信仰や、菅原道真公と平将門公の二人ともが、祟り神もしくは大怨霊だったものを正しくお祭りして神様になっていただいたという感覚に通づるだろう。

 ネコも祟れば猫又や化け猫となりかになり怖い存在である。もっとも、化け猫の代表格である【鍋島の化け猫】は、無念の死をとげた飼い主の竜造寺又一郎の敵を討つために奮闘するという、考えようによっては胸をうつ、心温まる物語である。




ネコの温もり

 ネコがなぜこうも人に飼われるという理由に、清潔であるということがあげられる。買ったことのある方ならおわかりだろうが、ネコは安心していられる環境だと、じつによく毛づくろいをする。このとき舌ベロから全身につく唾液のたんぱく質が、猫アレルギーの原因なのではあるが、ペロペロと体中をなめるので汚れと匂いがあまりしない。

 これはイヌとくらべてみるとよくわかる。清潔さのおかげで、ネコは人間の家の中に上がりこみやすくなり(特に日本の場合)あげくのはてには布団の中にまでもぐりこむようになった。

 ネコの体温は人よりも低く、冬の暖房として本当は意味がないのだが、そんなこととは別にしてネコ飼いはネコと一緒に寝ることを喜びとしている。
 
 その意味では実用的ではない。ネコは時折、何もない部屋の片隅をみつめていたりする。何もいない無い空間に飛びついたりもする。

 ひょっとしたらと思う。ネコはやっぱり、目に見えぬ何かから私たちを守ってくれているのではないのだろうか?もしそうだとしたら、これは実用であって、ネコは家畜なのかもしれない。

 しかし、家畜であれ、相棒であれ、そこに愛情があるかぎり、人はこれからもネコたちを飼いつづけるにちがいない。
 
(光益 公映 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部) 

トップ画像©ウィキペディア 歌川国芳画『梅初春五十三駅』
 
参考文献:猫の民俗学 (1975年)  大木卓著 田畑書店刊、猫神様の散歩道  八岩まどか著 青弓社刊、図説 動物文化史事典―人間と家畜の歴史 J・クラットン=ブロック著  増井久代訳 原書房刊、猫たちの隠された生活  エリザベス・М・トーマス著  木村博江訳 草思社刊、人イヌにあう (1968年)  コンラート・ローレンツ著  小原秀雄訳 至誠堂刊

 

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