【日本史ミステリー】フィリピンに逃亡した?天草四郎生存説とキリスト魔術





日本史には数多くの謎に包まれた人物が登場する。数多くのバテレン魔法(キリシタン魔法)を使って人々の心を操ったと伝説で言われているのが天草の乱を指導した天草四郎だ。

あくまで天草四郎は象徴としてのお飾りであり、実質的な戦の指揮は旧有馬家の家臣たちが行っていたようだ。だが天草四郎には様々な都市伝説が当時からささやかれている。

豊臣秀頼の落とし胤であり、豊臣家再興を目指していた」とか、近年でも「美輪明宏が天草四郎の生まれ変わりではなかった」とか、「雲仙普賢岳の災害は天草四郎の呪いであった」とか何かとフォークロアで語られる人物である。




最も興味深いのは、「天草四郎生存説」である。

「天草四郎は当時キリスト教が盛んであったフィリピンのマニラに逃走した」とか、「キリシタン魔術を使って天に登った」とか、様々なバージョンの生存伝説が語られていた。

このような伝説が生まれるには当然理由がある。

当時の人々、特に幕府方に、天草四郎の顔を知ってるものがいなかったということが背景にある。 (反乱を起こした連中の中から幕府軍に内通した山田右衛門作がいたが四郎の首実検には立ちあっていない) 天草四郎の首実検は、四郎の母親を連行して行われた。




最初は毅然として振る舞っていた母親も、ある首に痘痕を見つけた途端、号泣してしまい四郎の首が判明したとされている。だが母親は積極的に四郎の首だと認めたわけではなく、ひょっとしたら逃走した息子をかばうため偽の首で号泣した可能性もありうる。

それに、反乱軍が立てこもった原城は海に面しており、船を使えば簡単に外洋に逃げることができた。幕府方の船は流れが早く海から原城に取り付くことができなかったが、地元の庶民で構成される反乱軍は天草の荒海も見事に操舵することができたと言われている。現に鹿児島県甑島の隠れキリシタン(クロ)は、原城落城後に船で逃げ出したキリシタンの子孫だと伝承されている。

果たして本当に天草四郎は死んでしまったのか。それともどこかに生き延びたのか。歴史のミステリーは深まるばかりだ。

なお、ATLASでは生存伝説のアーカイブが人気である。「西郷隆盛は生きていた!?」「関ヶ原の戦いの後、島左近は生きていた」「マイケルジャクソンは死んではいない。実は生きていた」「戦死した歌手が伊豆で生きていた? 」「ヒトラーが潜伏していたアルゼンチンのエデン」「ヒトラーは自殺していない。CIAの報告書」「永六輔は、戦後川島芳子に会った」「明智光秀=天海上人説」「源義経はジンギスカンになった?」「大塩平八郎が死んでいない。海外に逃亡?」などがある。

(山口敏太郎 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像©写真素材足成


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