【リアルオカルトアカギ 】パワースポット上毛三山伝説 赤城神社外伝





流山赤城神社伝説

千葉県流山市は1952年1月1日に 江戸川町から流山町に改称され、1967年1月1日 市制が施行され流山市となった。

流山市にある赤城山は江戸川から直ぐ東の位置にあり、海抜15メートル、周囲350メートルほどのお椀を伏せたような小山で、山頂に赤城神社が祀られている。(流山)赤城神社の石碑には、『上州(群馬県)の赤城山が噴火し、土塊がここに流れ着いた』と記されており、【山が流れてきた】ので「流山」という地名がついたという伝説があり、他には上州の赤城山のお札が流れ着いたとも云われている。






(流山)赤城神社は、享保一八年に神衹官僚から正一位という神格を受けた位の高い神社で、上州赤城山二の宮の赤城神社の分霊である大己貴命を祀り、かつては赤城大明神とも呼ばれていた。

鳥居のしめ縄は、長さ約6.5m、太さ約1m、重量約500kgある大しめ縄となっており、まるで、赤城山の名前の由来とされる大蛇と大百足の闘いを象徴しているかのような迫力に圧倒される。

全国に約300社ある赤城神社の、本宮と推測される群馬県の大同赤城神社から(流山)赤城神社までの直系による距離を調べてみたのだが、100km離れているので、この場所に流れ着くべくして鎮座することになった神社であるような、殺風景な雰囲気の中に何か神憑り的なものを感じずにはいられなかった。土塊が流れてきた当時は、距離などは良く分からなかったはずである。

赤城山から遠く離れた(現)流山市まで、山のような土塊やお札が流れてきて神社が祀られている・・・これは、誰にでも確認することが出来る、歴史上本当に起こった貴重なオカルト現象と言えるのではないだろうか?

(前世滝沢馬琴 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像©前世滝沢馬琴




文化財
流山市指定無形民俗文化財第三号
赤城神社大しめ縄行事 (参考・流山赤城神社案内板)

≪しめ縄は、神前や神聖な区域に懸け渡して内外を分け、不浄をさえぎるものである。赤城神社の大しめ縄は、十月十九日、二十日(現在は第三土・日曜日)の祭礼に先立ち、神社の清掃や祝祭などが行われる宮薙の日(現在は第二日曜日)に、氏子や流山五~八丁目自治会総勢三〇〇人が力を合わせて作る。大しめ縄は、現在では祭礼の後も取り除かれずに、一年の間人々を見守っている。≫

流山指定有形文化財第三四号
赤城神社本殿 附棟札・木札及び橋掛り (参考・流山赤城神社案内板)

≪赤城神社本殿は、桁行一間、高さ五メートルの一間社造で、周囲に高欄の付いた緑が回されています。また、正面には階段と極彩色の向拝柱を設け、反り橋で拝殿と繋がっており、本殿と拝殿を橋掛りで繋ぐ形式は珍しいものと言えます。調査により発見された棟札によって、現在の本殿は、寛政元年に味醂醸造で名高い秋元三左衛門(五代目三左衛門と小林一茶は交流があった)を主体として建立されたことや、より古い本殿があったことがわかりました。赤城山本殿は、江戸時代中期に醸造業で栄えた流山の建築文化を象徴する、貴重な建造物です。≫

流山市指定天然記念物第2号
赤城神社の社叢林

(流山)赤城神社 所在地:千葉県流山市流山6丁目649

関連記事

最近の投稿

ページ上部へ戻る