死者を偲ぶ休日、春分の日

 

今週迎える3月21日は祝日「春分の日」。
一体、何の「お祝い」なのでしょう?

国民の祝日に関する法律「祝日法」第2条によると「自然をたたえ、生物をいつくしむ」

…うーん、何かとても大事な事なのは分かりますがとても漠然としてますよね。

春分の日秋分の日はそれぞれお彼岸一週間の中日に設定されてます。
では、お彼岸とは何の為にあるのでしょう?






◆「お彼岸」とは

彼岸は言うなれば、「彼方の岸」

人が目指すべき煩悩や苦しみの無い、遠い遠い「先」の世界…「極楽浄土」を意味しています。

死後の世界というよりも、仏の道の「ゆく先」を表しているのです。
そしてその仏の世界に対し私たちのいる、この世は「此岸(しがん)」といいます。

「此処(ここ)」とか「此方(こちら)」の「此」の岸。この世。
とても分かりやすいですが…同時に「煩悩と迷いの世界」を意味しています。

その、此岸と、彼岸が近づく期間が、「お彼岸」
仏の世界が近づく=修行をするのに適した期間という事になるのですがこれが春と秋であるという事も、実に分かりやすく「とても過ごしやすい季節」であるからという理由もあります。
快適な環境で仏の心へ思いを馳せる事が出来るから、皆でやろうよ、という訳です。

此岸の「迷いや煩悩の世界」とは何だか聞こえは良くないですがこれは決して悪い世界を表しているわけではありません。


迷い迷いの煩悩という山を楽しく登り、省みながら下る事で苦も受け入れながら心豊かに修行を積めるのです。





◆死者を偲ぶ事そのものが修行

さて、お彼岸といえば、ぼた餅をお供えしたり死者を偲び供養する習慣がありますが、これは実は日本独自に付け加えられた風習で、元々のインド仏教をはじめ諸外国の仏教では先述したようにお彼岸は修行そのものに焦点が当てられています。

しかし、筆者が思うに日本独自の死者を偲ぶ習慣は偲ぶ事そのものが、彼岸へ至る修行に直結している気がします。

ご先祖様のように自分の肉体のルーツとなった方々ばかりでなく後天的に精神や心の一部となった、今は亡き此岸を去った人々を尊ぶ時空を超えた「感謝の念」は死後の世界を信じる信じないに関わらずその思いを通じ結果的に「自分」と向き合う事となります。

それは供養であり、修行でもあるようにも思います。

遠い遠い岸へ渡るという事は「流れ」が無ければとても困難です。
その「流れ」は1人では作れません。
自分を支える沢山の人々との繋がりが、「流れ」を作るのです。

普段は目の前の生活に追われ、なかなかこういった精神世界と向き合う機会が減ってしまった、または全くないという方も、少なくはないと思います。

春分の日という、国民の休日まで設けられた、この「お彼岸」という一週間。
お墓参りが出来ない方も多いかもしれませんが、こういった機会に心の中でそっと、今は亡き人々へ語り掛けてみては如何でしょうか。

由乃夢朗 1981年2月4日生まれ 仙台出身
イラストレーターを営みつつ、幼少からの不思議体験を基にオカルト・スピリチュアル研究をしている。

(ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像©由乃夢朗

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