GHQを恐れさせた「呪いの鳥居」穴守稲荷とは

 穴守稲荷神社は現在の羽田空港内に存在していたのだが、昭和20年にGHQが羽田を国際空港にするため敷地が買い取られ、神社ごと移転されることになった。

 しかし、ここにあった大鳥居を倒す際にロープをかけて倒そうとしたところ、ロープが切れて作業員たちに死傷者が出てしまったというものだ。また、この鳥居にを移動させるための作業をした日にかぎって、飛行機に機械トラブルが起こるというような事態が続いたという。




 当時の噂によればアメリカ軍のパイロットが鳥居から無数の狐が出てくるところを目撃していたというも話も存在しているのだ。

 結局、この鳥居を残したまま昭和29年に国際空港ターミナルビルが建設された。同時期に滑走路も拡張されたのだが、この工事中にも死傷者が続出したという。また日本エアシステムでは昭和47年に函館山で墜落事故が起こってから、毎月3日に会社幹部が、穴守稲荷に参拝するようになり、本社内どころか、整備場、旅客機、ヘリコプターなどに穴守稲荷のお札を貼るようになったのだ。

 羽田の鳥居の祟りは近年まで続いたというが、1998年の空港の拡張工事計画のため約800メートルほどの移動がなされた際には祟りもなく、何事もおこらないまま無事に移転が完了した。この移転は筆者が当時の移転を担当した日本通運の社員であった時期に行われており、当時から心霊・妖怪など不思議分野の研究に余念がなかった筆者は、もちろんこの工事に注目していた。しかも、筆者の直属の上司であったG課長が現場に立ち会ったのだ。




 そして作業の翌日、G課長に移転の様子を詳しく聞いたのだが、風がやや強かったというだけで、何も呪いなどなかったというのだ。少なくとも、この移転に関する呪いの噂(下請けの会社の社長が亡くなった、など)はデマであると断言できる。

 さて、現在の穴守稲荷はというと稲荷神社の名前にふさわしく各所に無数の狐の石像が設置されている。設置というべきか奉納されているのかは不明なのだが、よく稲荷神社でみるような左右対で置かれている石像だけではなく、その周囲にも一見乱雑に見えるほどに多くの石像が置かれているのである。

 石像が造られた時期も様々なようで、補修されているものもあれば、顔の部分が欠けたまま放置されているものも存在している。

(山口敏太郎 ミステリニュースステーション・アトラス編集部)

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