九州から愛知…そして妖怪博物館へ?謎を呼ぶ「鬼の子のミイラ」写真

山口敏太郎の妖怪博物館の展示で目玉となっているものに、複数の妖怪のミイラの存在がある。中でも鬼のミイラは来館者の注目を集めるものとなっている。

この鬼のミイラは某所より借り受けたもので、本来の持ち主は一般の方である(名前は伏せさせて頂く)。このミイラだが、既に現物は焼失してしまっているとされている、ある鬼のミイラとの類似が噂されている。




同じく山口敏太郎の妖怪博物館に展示されている「鬼の子」のミイラ写真だ。

長い腕に長い脚、耳まで裂けた大きな口、そして頭に生えた小ぶりながらも鋭い立派な角はまさに「鬼の子供」を連想させるにふさわしいものだ。大きさはさほどでもなく全長30センチほどだったと推測されている。

この鬼の子のミイラが保管されていたのは大分県下毛群にある羅漢寺。大化元年(645年)に開山された古刹だが、残念ながら現在この「鬼の子」のミイラは存在していない。1943年に発生した火事でミイラは焼けてしまい、同時に唯一の資料であった「鬼之記」というミイラの出生を記した資料も消失してしまったという。残されたのは数点残された写真と写真を使用した絵葉書のみである。

伝承によると、このミイラは鹿児島で発見されたものという記述があったらしいが、それ以上のことは伝わっていない。また、このミイラと同じ姿形の鬼の子のミイラが、愛知県犬山市の桃太郎神社に存在していたという。




本アトラスでも一度紹介したが、この神社には桃太郎の鬼退治にまつわる珍品を収蔵していた小さな資料館が存在する。かつては鬼の頭のミイラなど、様々な資料が存在していたらしいが、この資料館は平成に入って失火の被害に遭っってしまい、大半が焼失してしまったとされている。この焼失してしまった資料の中に、「鬼の子のミイラ」も含まれていたのだ。

果たして、この焼失してしまったミイラは九州羅漢寺に存在した鬼の子のミイラだったのか・・・。また、妖怪博物館のミイラは何か関係があったのか。今となっては、全て闇の中である。

(田中尚 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)




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