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アントニオ猪木が受けた「力道山」からの壮絶な”いじめ”とは

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ジャイアント馬場などと共に、日本のプロレス黄金時代を築き上げた元プロレスラーといえば、アントニオ猪木の名が挙がるだろう。

スピード感あふれる正統派のプロレスのスタイルを貫き、延髄斬りや卍固めなど、様々な必殺技を繰出し、異種格闘技戦でも大きな活躍をした。「燃える闘魂」やマイクパフォーマンス「1、2、3、ダァーッ!」は彼を象徴するキャッチフレーズは、プロレスファン以外でも広く知られている。

プロレスラーとしては初の国会議員にも当選し、参議院議員としても活動を行ない、湾岸戦争中のイラク在留邦人の人質解放にも尽力した。2022年10月1日に惜しまれつつも79歳で逝去、奇しくもこの日付は彼が1960年にプロレスデビューした日の翌日であった。

彼がプロレスラーとなったきっかけは、プロレスラー力道山からのスカウトであった。

当時、彼は日本からブラジルへ移住しており、サンパウロの農場で過ごしていた。幼少期は運動神経も鈍かったが、移住後は砲丸投げに目覚め陸上競技選手として活躍を見せていた。それがブラジル遠征をしていた力道山の目にとまったのである。この時猪木は17歳であった。

当時のサンパウロ新聞では、猪木を有望な門下生と称し、後継者として養成したいと述べた旨が記載されていた。しかし、猪木が付き人として力道山から受けた仕打ちは実に壮絶なものであった。

シンプルに上げても、以下のようなものがある。

 ・力道山にクルーザーへ乗せてもらうも、海の真ん中で無理やり降ろされ、1時間半かけて泳いで東京に帰った
 ・移動中にうたた寝をしていると、火のついた葉巻を押し付けられた
 ・理由もわからずゴルフクラブで頭や背中を殴られた
 ・呼び方は「アゴ」、機嫌が悪いと「乞食野郎」「移民のガキ」など怒鳴られ、名前をしっかりと呼ばれない
 ・暴力団関係者の前で、一升瓶を息継ぎせずラッパ飲みさせられた・・・等々




現在の感覚からすれば常軌を逸しているとしか思えない内容であるが、特にその後の彼の思いを決定づけさせる出来事があった。

多くのファンが詰めかけた巡業先の旅館でのこと。猪木は力道山にリングシューズを履かせていたが、紐のかけ間違いをしてしまった。力道山は「なんだその履かせ方は!」と怒鳴りつけ、靴ベラを取り上げ頬を思い切り打った。大勢の人目がある中での屈辱的なこの仕打ちにより、「自分は力道山先生のように弱い者をいためつけることはするまい」と強く心に誓ったという。

猪木と同時にデビューしたジャイアント馬場は、このような力道山の仕打ちを受けることが無かったというが、その彼でさえも力道山に対しては「人間的な魅力は一つもない」と評するほどであったという。

猪木が師である力道山から受けた仕打ちは、時代のせいであるとか、ましてや”いじめ”という言葉で済ますにも憚(はばか)れるようなものであることには違いない。ただし、力道山の妻の証言であるように、力道山が猪木に対して誰よりも期待と信頼を寄せていたということもおそらく事実であっただろう。

力道山が自宅に招いた門下生は猪木だけであり、また巨躯というだけで映えるジャイアント馬場には負けない人材にしたいという希望は非常に強かったという。

時には殺意を抱いていたほどであった猪木であるが、力道山が暴漢に襲われる数日前に行なわれた宴席では、猪木の飲みっぷりから元横綱前田山が彼の器の大きさを評し、それに力道山がとても喜んでいたという。このことは、猪木のそれまでに積もり積もった憎悪を一瞬で吹き飛ばすほど感銘を受けた出来事であったようだ。

複雑な思いがあったことは確かであろうが、彼がプロレス内外で人々から愛されたのは、こうした付き人自体の体験に根付いたものがあったことは間違いないだろう。

【参考記事・文献】
アントニオ猪木は力道山から壮絶な虐待を受けていた!
https://koimousagi.com/47312.html
アントニオ猪木が力道山との出会いを振り返る「偶然じゃない。必然というか。オレにとってはね」【週刊プロレス】
https://www.bbm-japan.com/article/detail/37006
猪木さんが口にした力道山への愛憎入り交じる感情「死ぬまでアメリカに出してもらえなかった」
https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/249373
想像を絶する…アントニオ猪木が力道山から受けた壮絶な体罰
https://renote.net/articles/198874

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(ZENMAI 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)