「村田英雄」の豪快伝説、あのビッグネームによって生み出された!?

画像『村田英雄 極(きわみ)ベスト50

浪曲で鍛え上げられた歌声と男らしい風貌、三橋美智也や春日八郎らと戦後演歌界をリードした昭和を代表する演歌歌手、村田英雄。「男」「人生」「夫婦」という一貫した作風を歌い、豪快さの中にどこか人情味のあるその世界観は、多くの人々を魅了した。

2002年に亡くなってもなお、彼の豪快さを物語る逸話や伝説はこんにちまで語り継がれている。

彼の「豪快伝説」は数知れない。以下に一部を列挙してみよう。

・村田とマネージャーが飛行機に乗っている時、「おい、暑いから窓開けろ!」と言い放つ。
・村田が「途中で止まらねえのか。駅弁買えねえじゃねえか」と言うと「ここは飛行機ですから」とマネージャーにたしなめられた。
・入国審査の資料で「SEX」と書かれてあり「週二回」と書いてしまった。また、「そこは男と書いて下さい」と指示されると、「俺は男とやらねえよ」と怒鳴った。
・高級レストランへ行った際、ステーキの焼き具合を聞かれ「カルビ」と答えた。
・雑誌社の取材で対談中にコーヒーの飲み方を尋ねられ、「やっぱりブラックに限る」と言いながら砂糖を入れて飲んでいた。
・渡された台本にある舞台の上手・下手(かみて・しもて)を「じょうず・へた」と読み間違え、「俺がヘタだっていうのか」と不満をあらわにした。
・言い間違えや読み間違えが多く、デリケートをバリケード、アレルギー体質をエネルギー体質、ポリープをブリーフ、「力(ちから)うどん」を「かうどん」と言った。
・若手の説教で「人という字は互いを支え合っている」と言って「入」の字を書いていた。
・ベートーベンの交響曲第3番『英雄』を目にして「ベートーベンは偉い奴だ。俺の曲を書いている」と絶賛していた。




等々挙げればきりがないが、これほどまでに突き抜けたエピソードが多いのはすさまじい。とはいえ、これらの逸話の虚実についてはやはり不明なものが多く、むしろどちらかといえば虚(創作)が多いと言われている。

その原因とされているのが、ビートたけしの存在だ。彼の特に絶頂期であった頃に放送されていた「オールナイトニッポン」における発言が、こうした村田英雄の豪快伝説に一役買っていたことは間違いないだろう。

初期を代表する人気コーナーに「デカアタマコーナー」があり、本来は村田英雄、三波春夫、三橋美智也の三人の大御所ネタをリスナーから募集していたのだが、村田のネタばかりが寄せられてしまい単独コーナーとなってしまったという。

1981年5月28日には、それまでにさんざんネタにされてきた村田英雄本人が生出演したことも話題となり、リスナーからの質問「かぶれる帽子はありますか?」に対し「銀座に売ってるだろうよ」と返すなどみな爆笑であった。

また、この回にはリスナーからの替え歌の歌詞も寄せられており、前年にリリースされた村田の『夫婦酒』(みょうとざけ)の一部歌詞が「見たか三波この人気」となっていたことに村田を含めみな腹を抱え、今なお傑作回と呼ばれるに至った。

村田英雄伝説は、おそらくその多くがビートたけしといわゆるハガキ職人たちによって創り上げられたものであろう。しかしながら、それが通用するほどのポテンシャルを村田自身が有していたことは間違いない。大御所キャラの元祖と呼ばれ愛されたのも納得できる存在である。

【参考記事・文献】
男・村田英雄の豪快伝説 エピソード1
http://cho-inoshikacho.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/1-30f2.html
豪快な伝説でみんなに好かれた昭和の大物歌手・村田英雄先生都市伝説!!
https://blog.goo.ne.jp/youkaiou/e/2927da5b281fac82f6feab4a1cb010b2
大御所・村田英雄「ビートたけしのオールナイトニッポン」に生出演!
https://reminder.top/204668912/

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(ZENMAI 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

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