私の生まれた阿波徳島は伝説にあふれた町なんですね。特に徳島は狸が本場で、あのスタジオ・ジブリの平成狸合戦が、徳島の伝説である「阿波狸合戦」をモデルにしていることは、あまりにも有名です。つまり、徳島は狸王国なんです。
ですが、稀には稲荷を崇拝する人も存在するようで・・・。筆者の祖母などは「あの家じゃぁ、狐さんを崇めておる。わしは嫌いじゃ」、そう言って、決して付き合うことをしなかったものです。
これは親友のN君から聞いた話なんですが、彼の父の知人に、ある廃屋に棲みながら稲荷を祭る婆がいたそうです。
「ひひひひぃぃぃぃ」いつも気味の悪い笑い声を響かせ、近在の小学生からは「キツネばばあ」と呼ばれていたそうです。
「やーい、狐ばばあ、やーい」
はやし立てる子供たちに向かって、老婆は金切り声をあげてののしっていたそうです。
「この悪童どもめ」
しかも、老婆の様相は異形というべきもので、片目がつぶれていて、異常にやせ細っていたのです。そして、この老婆は、毎日毎日熱心にお稲荷さんを拝み、常にお供えをしている婆でした。
父親の知人という事もあってか、この老婆と筆者の友人は何故か仲が良く、時々遊びに行っていたそうです。
「ええ、だってよいおばあちゃんだよ、感じのいい」
友人はいつもそう言っていました。ある時、友人が老婆から不思議な話を聞き込んできました。
老婆の話によると・・・ある夜、老婆は“お稲荷さんの使い”がくるという夢を見ました。あまりにも明確な夢なので老婆はこれこそ正夢だと確信しました。しかも夢中において、(お供え物には油揚げがよい)とまで言われた記憶があります。
「うむ、ここまで、はっきりした夢ならば、正夢であろう」
喜んだ老婆は、おずおずと油揚げを供え、狐の祭壇に向かって熱心に拝みました。しばらく経つと、ふと外が気になりだしました。
「おや、空気が変わったのぉ」
奇妙な空気が漂っているのが、室内からでもわかりました。
「お使いが来とる、気がする」
老婆が外に出てみると・・・。
―――――狐がいました。
狐が老婆の家の前で、ちょこんと正座しているのです。
「ああぁ、この狐さんが、お使いなのじゃ」
老婆は部屋に引き返し、油揚げをとってきました。
「これを食べてください」
急いで油揚げをあげると、狐は油あげ銜えて去って行きました。以来、婆は、より一層お稲荷さんを信仰するようになったというのです。
(山口敏太郎 ミステリーニュースステーション・アトラス編集部)
画像©PIXABAY