
山梨県の病院で看護師として働いている亜紀さん(仮名)と言う女性から聞いた話しだ。
病院内では携帯電話の使用は厳しく制限されている。そのため院内を忙しく動き回る医師や看護師には、緊急連絡用として病院内だけで使用できるPHSの端末が渡されている。
ある晩のこと。亜紀さんは先輩看護師と二人、夜勤の仕事に就いていた。定期巡回を行ったがどの入院患者にも重大な変化は見られず平和な夜になりそうな気配だった。
時間が夜中を過ぎた頃、先輩と二人ナースステーションで待機していると、亜紀さんに貸与されていたPHSがピリピリと音を立てて鳴り始めた。
(え…?)
一瞬戸惑った。自分は今ステーションで待機中だ。一緒に夜勤に入っている先輩も目の前にいる。他に一体誰が自分に呼び出しの内線などかけるのか?
しかし病院全体で考えれば他の病棟にも当直看護師はいるし、守衛さんも勤務している。そんな誰かがかけてきのかと、亜紀さんは特に相手を確認することもなく通話ボタンを押した。
しかし、耳にあてた受電機からは何も聞こえて来ない。亜紀さんは自分が配属されている病棟名を名乗り相手に問い掛けてみたがやはり返事はない。
よくよく耳をすませてみると、微かではあるが何かが聞こえている。亜紀さんは口をつぐみ、電話から聞こえて来る音に集中した。
微かだった音は徐々に大きくなり、やがてはっきりと聞こえて来た。
それは、地鳴りのように低い男の呻き声だった。
職業意識からか、亜紀さんは咄嗟に急変した患者が苦しみの声を上げているのかと考えたがそれも一瞬のこと、入院している患者さんが病院専用のPHSに電話をかけることなどできる筈がないとすぐに気が付いた。
緊張したまましばらくその声を聞いていた亜紀さんだったが、長く、低く続く呻き声は止む気配がない。どの位その声を聞いていただろうか、おもむろに彼女は、
「あ、はい」
とだけ言うと電話を切ってしまった。
「え?切っちゃったの?」
取材をしていた私は思わず訊き返した。
「ええ、付き合ってられませんし。ああ、当直の看護師って、結構強いんですよ」
そう言って彼女はにっこりと微笑む。
後日、他の看護師にこの時のことを伝えると、意外なことに同じような体験をした仲間が多数いることがわかった。そんな時は看護師同士、
「あれ怖いよね~」
と怯えてみせるのだそうだが、実際現場でこの現象にみまわれた時には、それ程「怖い」とは感じないのだそうだ。
まあ、そんなものなのかもしれない。さすがはプロだなあ、と妙に感心してしまった、そんな話しだ。
(線六本 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)
画像 RG8 / photoAC