徳島県小松島市に鎮座している金長神社の取り壊し問題がようやく解決の方向に向かっている。数年前、地元徳島県出身の著名人として筆者は講演会を行い、「金長神社の維持と観光としての有効活用」について熱弁を振った。

やり始めると徹底的にやるのが筆者の性格である。「実際にあった怖い話」で連載中の日本怪忌行でも話題に取り上げ、地元・徳島新聞の雑誌「タウトク」においても、日本文化の象徴である神社を壊すことに対して遺憾の意を表明させていただいた。「金長と狸文化伝承の会」を中心とした熱心な地元住民の活動もあり、神社の存続が決まった。

痛快だったのは、神社を破壊したい人々が破壊の根拠としていた宗教と政治の不一致である。小松島市役所が保有する土地に宗教施設である神社が建立されている神社は不自然だと指摘した。また、金長神社は本宮が山間部にあり、それで充分事足りると主張していた。

だが、戦争前の資料を丹念に漁っていた郷土史家の多喜田昌裕氏が登場の資料としては金長神社を「観光施設」として扱っていた事を発見したのだ。まさに、大弱点である。こうして金長神社存続が決定した。

「阿波狸合戦」と聞けば一体何を想像するだろうか。最も多いのはアニメ映画「平成狸合戦ぽんぽこ」である。ひどい輩よると、「狸合戦の舞台は埼玉だ」言い出す始末。何を言わんやである。

確かに「平成狸合戦ぽんぽこ」は「阿波狸合戦」をモチーフとして作られた。その証拠として、今回取り壊しを検討された金長神社の社は、アニメ映画の中で狸たちが人間に対して戦いを仕掛けようと決心した場所であった。他にもキャラクターとしてアニメにおける主要人物である金長狸やはげ狸は、実際に「阿波狸合戦」に登場している。アニメ作品において金長が6代目を自称していたのは、金長神社の最後の宮司が、6代目であった事に由来している。

かつて狸合戦と言えば、「阿波狸合戦」を指していた。新興キネマが昭和14年に製作した映画「阿波狸合戦」が日本中で空前の大ヒットを飛ばしたのだ。現在の金長神社の祠はこのときの御礼として 建立されたのだ。




この映画はその後も評価が高く、翌年の新興キネマ「続阿波狸合戦」へと続き、昭和29年の大映「阿波踊り狸合戦」へと続いていく。ちなみに、この映画「阿波狸合戦」のフィルムは失われている。現状では確認ができてない状態である。

その「阿波狸合戦」は一体何をもとにして創作されたのだろうか。一番に指摘される事は軍記物あるいは敵討物がベースになっていると言うことである。「太平記」のパロディ作品として「獣太平記」や「異形太平記」が室町時代に創作されたことと関係がある。

生々しい群像劇も動物に置き換えることでどぎつい部分が薄くなると言う傾向がある。これは現代のアニメにおいても見られる手法で、宮崎駿氏が関与をした作品「名探偵ホームズ」も動物に置き換えることで表現が和らいでいる。つまり、室町から戦国時代にかけて人気者を動物で置き換える行動がなされたのだ。

だが、全くモデルはいなかったのであろうか。実際にモデルはいたと思われる。まず一番に思い浮かぶのが、修験道の派閥争いである。当初、山間部にある神社を金長神社の本宮としたことからもわかるように、その背景には山伏の覇権争いがあったのは間違いないだろう。

そしてこれは筆者の祖母の受け売りだが、侠客同士の争いも十分に可能性はあるだろう。「阿波狸合戦」に出てくるたぬきたちが「〇〇の●蔵」「〇〇の何べえ」とまるで清水の次郎長のような名前を名乗っているところからも侠客の匂いが感じられる。

他にも、津田と小松島の漁民同士の争い、藍染おける利権争いなどもモデルとなった可能性はあり得る。このように実際に徳島で江戸時代に起きたニ大勢力の激突大モデルにして、動物に置き換えることで講談などで語りやすくしたのではなかろうか。

かつて漁師や山伏、侠客はまともな人間扱いをされなかった。それを講談や芝居にして盛り上げる事は、お上としてはご法度であった。それをたぬきに置き換えて表現したのが「阿波狸合戦」である。

山口敏太郎

画像 ウィキペディアより引用

 

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