“叫ぶミイラ”伝説、ファラオ暗殺に見える愛憎劇!!

12月27日(月)、『たけしの新・世界七不思議“叫ぶミイラ“で解く!伝説ファラオ暗殺の真相SP』(テレビ東京)が放送された。

2021年4月3日、カイロで豪華絢爛史上空前パレードが行われた。カイロ博物館の老朽化に伴い、古代エジプトのミイラを納めた棺18人のファラオと4人の女王を一体ずつ車でエジプト文明博物館(建築家の磯崎新氏もデザインに関わった)に引っ越しをした。ファラオの新たな門出を祝う国民的なイベントである。

エジプト史上最もミステリアスなミイラがカイロ博物館地下に残されている。ムスタファ・ワジリ博士(エジプト考古最高評議会事務局長)が紹介した、謎のミイラは装飾が施されていない簡素な白い木製の棺に納められていた。その禁断のミイラは、数千年前のミイラで口を大きく開き叫び怯えている表情で、“叫ぶミイラ”と呼ばれている。




死亡推定年齢は20歳前後で170センチの男性。2012年DNA検査の結果、“叫ぶミイラ“はラムセス3世(紀元前12世紀第20王朝ファラオ)と血縁関係のある親子であり、ペンタウアー王子(側室ティイの子)であると考察されている。

通常、王は自分専用の一人の墓に埋葬されるが、奇妙な事にラムセス親子のミイラは同じ墓で見つかった。

王家の谷にある墓に2体の遺体はなく、男装して王となった、ハトシェプスト女王の神殿の脇にある岩場に掘られた、縦穴深さ12メートルの地下墓で発見された所に日本のテレビカメラが初潜入した。

そこには、縦穴から入り口付近に4体のミイラ、15メートル進んだ通路に“叫ぶミイラ”を含む5体、父親のラムセス3世は通路先の階段途中に設けられた奥行き3メートルの空間に埋葬されていた。

更に、ラムセス1世と2世、トトメス1世と2世の歴代ファラオのミイラ22体の棺が空間からはみ出した形で階段にあり、突き当たりの空間にはラムセス9世、ファラオ王妃等の9体、合計40体発見された。

ここは“王家の隠し場”と呼ばれる。

また、“叫ぶミイラ”は装飾が全く無い棺に納められ、その体には包帯が全く巻かれておらず、発見された時の記録に寄ればヤギの皮で覆われており、古代エジプトでは不浄とされていた。

通常、高貴な方の棺には名前が記されており、後世の人がその名前を呼べば復活すると信じられていたが、この叫ぶミイラの棺には名前が記されていなかった。

“叫ぶミイラ“こと、ペンタウアー王子の父・ラムセス3世の3200年前の色鮮やかなレリーフが残る最も保存状態の良い葬祭殿に横一列の後にアメンヘルケプシェフ(ラムセス4世)を代表とした、13人の息子の姿とその名前の壁画があるが、そこにペンタウアー王子は記されていない。




番組は詳細を知る為、“叫ぶミイラ”をCTスキャンした。ミイラは通常腐敗防止として鼻から脳みそを掻き出すのだが、脳みそ、内臓も体内に残されたままであり、更に乾燥用の塩を振りかけられただけで、ミイラと言うより単なる遺体に近い状態であった。

更に死因は首に目視でもわかる程の線が入っており、縄で首を吊ったというのだ。苦しくて叫んだ、口を大きく開けたままの最後の状態である。

この一連のクーデター事件を記した、3000年前のパピルス(古代エジプトで作られた紙の象形文字)の写しには裁判の記録が存在、このことは法廷で裁かれていたのだ。

罪状は父ラムセス3世の暗殺計画で、執事や書記軍人40人以上がクーデターに加担していた。首謀者は側室の“ティイ”であり、2人が死刑を宣告された。ペンタウアー王子は自ら自死する事を選択したと記録には残っている。

また、ラムセス3世のミイラを2009年にCTスキャンした結果、首の傷が脊椎にまで達し、ナイフで喉元を切られていた事がわかった。

王は暗殺されていたのだ。

ミイラにされる時は通常は顔は整えられるのだが、“叫ぶミイラ”はそのままにされた。“永遠に苦しめ”という罰である。遺体を捨てずにわざわざミイラにして残したのも父親殺しの“永遠の罰”を与える為だという。

皮肉にも、盗掘を恐れた神官達から王家の墓に隠された親子は19世紀に発見されるまで3000年も一緒に眠り続ける事となったのだ。

The Pharaohs’ Golden Parade | Egypt | Short Clip | Catch the event in 14 minutes

(田岡令梛 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像©ウィキペディアより引用

 

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