超常現象調査員、アイルランド”稀有な呪われた屋敷 “で幽霊を発見?

アイルランドの超常現象調査チームParanormal Supernatural Investigations Irelandが、つい先日にメイヨー州ムーア・ホールで行った調査で幽霊の証拠を発見したと主張して話題になっている。

こちらの写真はムーア・ホールの外で撮影されたものだが、屋敷の窓をよく見るとこちらを伺うような青白い顔らしきものが浮かんでいるのだ。

PSIアイルランドチームは、ムーア・ホールに幽霊が出るという人々の噂話を聞きつけて調査をすることにしたと語る。

「この呪われた場所を訪れた人々は、不吉な感覚や、目に見えない存在に見られているような圧倒的な感覚を覚えたと言います。子供の笑い声が聞こえたり、残された建物の中を飛び回る影を見たという報告もあります。倒れた貴族の家を取り囲む森の中は、圧迫感のある不吉な静けさに包まれています」

地元の言い伝えによると、ムーア・ホールはジョージ・ムーアによって建てられたが、彼はその際に屋敷の建つマックロン・ヒル周辺が呪われていると警告をうけたという。西暦400年頃、コンノート王のドルイドであるDrithliuがこの近くで殺され、その呪いがずっこの地に染み付いているというのだ。

しかし、そのような不気味な歴史にもかかわらず、ウォーターフォード大聖堂の建築家ジョン・ロバーツによってムーア・ホールは建設され、1795年からジョージ・ヘンリー・ムーアが住むことになった。が、その直後、彼は脳卒中で倒れ失明。ムーア・ホールに住む人は呪われるという伝説が生まれるようになったのである。




「ジョージの息子ジョンは弁護士としての訓練を受け、1798年に任命された時には共和国であったコンナハトの大統領になりました。しかし、アイルランドの反乱に対応してアイルランド総司令官コーンウォリス1世侯爵が任命されたため、残念ながら彼の地位は短命に終わりました。ジョンは警部補に逮捕され、死刑を宣告されました。ジョージ・ムーアは自らの財産を使って最高の弁護士を確保し、息子の刑を国外追放に減刑してもらいましたが、ジョンは輸送船を待つ間に、身柄を拘束された際の傷がもとで亡くなりました。その数カ月後、ジョージ・ムーアも亡くなりました。ムーア・ホールの次の所有者になった人物もまたジョージ・ヘンリー・ムーアという名でした。彼は競馬で財を成しましたが、1845年に弟のオーガスタスがレース中に落馬して死亡するという不幸に見舞われています」

今回ムーア・ホールで撮影された不気味な「顔」は、この地の呪いに関係するものだったのだろうか。

(勝木孝之 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

トップ画像©ウィキペディアより引用

 

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