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日本の国教、神道で重要な「神に仕える女性」である巫女。といっても、古来の巫女は霊能力を持ち神のお告げを受け、神託を授けていたが、現在の神社の巫女さんにの仕事には霊能力はあまり必要ないだろう。

古来の巫女は邪馬台国の卑弥呼のような位の高く神託を授ける者、各地を放浪する者、遊女の一面も持つ者など、幾つか種類があり、その総称が「巫女」だ。

神神子(みこ)、舞姫、御神子(みかんこ)、東北や恐山では「イタコ」、沖縄地方では「ノロ」とも呼ばれた。

●朝廷の巫(かんなぎ)

巫(かんなぎ)とは、祈祷などにより、その身に神霊を憑依させ神託を得て、人々に伝えること。邪馬台国の卑弥呼など。口寄せ系巫女と区別され「神社巫女」と呼ばれることもある。

●寄せ系巫女

寄せとは「死人の口をきく」こと。権力とは距離を置いて、地方や、各地を放浪しながら神託や呪術を行なう巫女。当時の巫女は口寄せ巫女と神社巫女の2種類に分けられていた。

松尾大社
松尾大社 / Mixtribe Photo

●渡り巫女

特定の神社に所属せず、全国各地を廻り、祈祷や勧進をしていた巫女の。遊女の一面ももち、芸を披露することで金銭を得て、生活していた。

●本職巫女

現在の仕事として神社に勤務する巫女。神社での雑務や神事の補助、巫女舞の披露などが仕事内容になる。

●助勤巫女

神社での繁忙期に採用されるアルバイトの巫女。本職巫女とは千早の着用などで区別されることもある。




【巫女の起源】

巫女の始まりは「古事記」「日本書紀」に登場する神話の「天鈿女命(アメノウズメ)」と言われている。

アメノウズメは技芸の女神で天岩戸に籠もった太陽神「天照大神(アマテラス)」をその舞で岩戸の外に誘い出し、この世に太陽の光を取り戻した。『古事記』では次のように記述されている。

「槽伏(うけふ)せて踏み轟こし、神懸かりして胸乳かきいで裳緒(もひも)を陰(ほと=女陰)に押し垂れき」。

つまり、 アメノウズメがうつぶせにした槽(うけ 特殊な桶)の上に乗り、背をそり胸乳をあらわにし、裳の紐を女陰まで押したれて、低く腰を落して足を踏みとどろかし(『日本書紀』では千草を巻いた矛、『古事記』では笹葉を振り)、力強くエロティックな動作で踊って、八百万の神々を大笑いさせた。

その「笑ひえらぐ」様を不審に思い、戸を少し開けた天照大神に「あなたより尊い神が生まれた」とウズメは言って、天手力男神に引き出して貰って、再び世界に光が戻った。

現在でアメノウズメは芸能の神様とされている。

Daidai Kagura(太々神楽)-10 [formername: CRW_0122]
Daidai Kagura(太々神楽)-10 [formername: CRW_0122] / m_nietzsche

【巫女の歴史】

その後、弥生時代に神霊や精霊をその体に憑依させ神託を伝えるシャーマンが現れ。これが巫女の起源となる。邪馬台国の卑弥呼も巫女だが、弥生時代では女性が祭祀を司っていて、巫女の地位は高かった。

しかし、大和朝廷の時代に入り、政治の実権が男王に移ると巫女は政治の中心から排除されていくようになる。巫女の存在は神社での祭祀の補助者という役つけになり、神の憑依や神託のお告げを行う巫女は減っていき、イタコ、ノロのような職業としての巫女が残るのみとなっていく。

平安時代になると神社での祭祀に雅楽や神楽舞が奉納されるようになり、神楽舞の中で巫女が舞うようになる。藤原明衡(ふじわらのあきひら)は「新猿楽記」に巫女に必要な要素として、「占い・神遊・寄絃・口寄」を挙げていて、ここでの神遊が神楽にあたる。

中世以降に入ると、神社での巫女による神楽の奉納が恒例となる。この時期の著名な巫女である出雲阿国(いずものおくに)は、現在の歌舞伎の基礎を創り出した。彼女は出雲大社の巫女で勧進のために各地を遊行していた時に諸国で舞を披露し、この舞を遊女が真似をして演じるようになり、それが遊女歌舞伎と呼ばれるようになった。

しかし、江戸時代になって、扇情的なことを理由に女性の歌舞伎が禁止され、男が女性も演じる野郎歌舞伎へと変化していった。

Daidai Kagura(太々神楽)-07 [formername: CRW_0164]
Daidai Kagura(太々神楽)-07 [formername: CRW_0164] / m_nietzsche

明治時代では男権的な国家神道の見地から神道統制が始まり、巫女の存在は疎まれ、近代国家建設を目指す政府に弾圧された。神霊の憑依による神託という行為が文明開化の妨げになると考えられ、「巫女禁断令」により巫女の神託が禁止された。

しかし、春日大社などの一部の神社がその神道的存在意義を主張し、巫女舞から憑依神託という要素を取り除き、芸能としての巫女舞に変革して受け継いでいった。この頃に宮内省楽部により多くの新作の巫女舞が作舞され、祭祀の際に舞を舞うようになっていき、神職の補助的な立場で巫女を雇用する神社も現れ始め、現代の神主を補助する職業としての巫女の形に近づく。職業としての巫女には資格の必要はなく、また男女雇用機会均等法の適用外となっており、女性を指定しての募集も認められている。




このように巫女の歴史をみていくと、割りと戦乱が少なかった時代に巫女の霊能力が尊重されていたが、男性が優位になる戦乱の世、欧米化されて精神より物質優先主義の世になると、巫女は社会からその地位を奪われていった。

明治維新は闇の秘密結社、イルミナティが日本を植民地にする為に坂本竜馬を騙して引き起こした、という説もあるくらいだが、その上で巫女達の力が邪魔になった可能性もあるかもしれない。

中世ヨーロッパで行われた「魔女狩り」ほどの迫害はなかったのが救いだが、日本の国教である神道の最高神天照大神も女性であり、女性の霊性を尊重する伝統が廃れていったのは何とも残念なことである。

しかし、激動する世の中で、環境破壊や気候変動の動因にもなる大量生産大量消費の物質依存主義が見直され、コロナ禍で自己の内省する時間も増え、精神的な価値の重要性が高まっている。そんな中で占いやスピリチュアルの需要も高まっている。

筆者の魔女の仕事もお陰様で増えていまるが、「巫女的な能力を持つ人々」の需要は今後増すのかもしれない。

文:深月ユリア ミステリーニュースステーションATLAS
ポーランドの魔女とアイヌのシャーマンの血を受け継ぐ魔女占い師。ジャーナリスト、女優、ベリーダンサー、映画・イベントプロデューサーとしても活動

著書
あなたも霊視ができる本 」文芸社
世界の予言2.0 陰謀論を超えていけ キリストの再臨は人工知能とともに」明窓出版

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