ツタンカーメンの黄金マスク、本来は別人のものだった!

古代エジプトのファラオの中で最も有名な人物が、第18王朝末期に登場したツタンカーメンだろう。

彼の治世期間は短かったが、1922年にハワード・カーターによって発見された墓が古代エジプトのものとしては初めてほぼ完全な状態であったため、一躍有名になった。彼の墓と副葬品は当時のエジプト文化をよく知ることができるとして、今も研究がなされている。

中でも一番象徴的なものが、黄金のマスクだろう。現在カイロのエジプト博物館に所蔵されているこのマスクは黄金で覆われており、重さは10キロ強。額に装飾されたハゲタカとコブラの女神の像はツタンカーメンの地位を強調しているものだ。

これは世界で最もよく知られた古代の美術品の一つであり、古代エジプトの象徴ともなっている。

ところが、このマスクには興味深い指摘が存在している。なんとこのマスクはツタンカーメン本人を象ったものではない、という。




2001年以降に行われた調査結果では、黄金のマスクはもともとネフェルネフェルウアテンという王族の女性のものを転用したという説が有力となっている。というのも、マスクの内側にある一部が消されたカルトゥーシュにネフェルネフェルウアテンの名前が記されていた事が判明したからだ。

また、マスクの耳の部分には耳飾りを通すための穴があけられていた。古代エジプトの工芸品では、耳に穴のあいたマスクは王妃や子供のために用意されるのが慣例であった。また、エジプト学者のジョアン・フレッチャー教授も「調査によるとツタンカーメンは子供の頃からピアスをしていなかったようです。彼が亡くなった20歳の頃の絵でも、耳にピアスをしている姿は今のところ確認されていません」と語る。

これらを踏まえてフレッチャー教授は次のように語る。「このマスクは、成人男性のファラオのために作られたものではありません。マスクを覆う金を比較したところ、顔の部分は他の部分とは全く異なる金で作られており、接合した痕跡がはっきりと残されている事が解りました。ツタンカーメンのマスクは、本来のマスクに接ぎ木されたようなものだったのです」

この意外な事実は、ツタンカーメンの死が周囲の人々にとっても急であったことと関係していると思われている。

しかし、マスクの本来の持ち主であったであろうネフェルネフェルウアテンも謎の多い人物だ。ツタンカーメンの父であるアクエンアテンと共同統治していた記録はあるが、記録が少なく正体がつかめないのだ。フレッチャー教授は「ツタンカーメンのマスクは古代エジプトの象徴ですが、多くの秘密が隠されています」と述べている。

(田中尚 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

画像 king tut / daddyboskeazy

 

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