理解のある彼くん問題と、暴力的な男の方がモテる問題について

画像©Victoria_Borodinova PIXABAY

 筆者の原稿では、Twitter上の地獄について報告することが多いが、今日もまた地獄レポートをお届けしよう。
 
 近年、Twitterやあるいは商業/非商業のコミックエッセイなどで、

「私はこうやって『鬱(うつ)』から回復しました!」
「発達障害だけどこうやって乗り切っています!」

 などの「生還レポート」が数多く発表されている。書き手の圧倒的多数は女性で、かつほぼ全ての作品に「理解のある彼(夫)くん」が登場する。

 もちろんこれらの「生還レポート」の全てが事実である保証はないし、事実だとしても脚色が施されている可能性は否めない。しかしこれらのレポートを見て

「弱者女性は理解のある彼(夫)くんに救われるが、弱者男性は誰にも救われない!」

 と弱者男性界隈が噴き上がっているのである。そこまではまあ仕方ないにしても

「(曽)祖父母の世代のように、男性に強制的に女性をあてがえ!そうしたら一切の社会問題(少子化など)が解決する!」

DOMESTIC VIOLENCE HURTS 023 altered
DOMESTIC VIOLENCE HURTS 023 altered / ghetto_guera29

 ここまで噴き上がってしまっては、同じく弱者男性である筆者にも同意はできない。第一、この「理解のある彼くん問題」には、一つの仕掛けがある。それは「生存バイアス」。

「生還レポート」を発表する女性たちは、困難から生き延びて、レポートを発表できるまでに回復した。しかし男女問わず弱者が、生き延びてレポートを発表できるまでに回復するためには「親密な人間関係」 によるサポートが不可欠なのだ。

 もちろんこの「親密な人間関係」が恋愛や結婚である必要はなく、家族や自助グループでも構わないわけだが(現に『セックス依存症になりました。』の津島隆太氏は男性で、自助グループの助けて回復している)、弱者女性にとって、最も手の届きやすい「親密な人間関係」が「理解のある彼(夫)くん」なのだ。逆に言うと

「理解のある彼(夫)くんと出会えなかった弱者女性は生還できない」

 がゆえにレポートがないのである。

「じゃあ『理解のある彼女(妻)ちゃん』に救われる弱者男性の話が存在しないのはなぜだ!」




 たとえば、福満しげゆき氏の一連のエッセイ漫画がそれではないかと思うが、弱者女性が救われる話に比べて、圧倒的に少ないのは事実である。しかしここには社会システムの歪みがある。

「女性の平均賃金は男性の0.8倍」

 そう、単純に、「理解のある彼女(妻)ちゃんは弱者男性を養えない」のである。現代日本の貧困と孤立の現状は極めて厳しい。ゆえに筆者は、

「弱者女性が『理解のある彼(夫)くん』の助けを借りて助かる」

 ことを全肯定する。もちろん、理念的には全ての弱者が救われるべきであるが、まず助かることができる人から助かるのは、正しいと言わざるを得ない。弱者男性は弱者女性の足を引っ張るのではなく、自分たちが助かる道を模索すべきである(筆者も模索している)。

 これに関連して、弱者男性界隈でよく噴き上がる、もうひとつの誤解についても解き明かしておこう。




「女性は暴力的な男性が好き!殴る男性と殴らない男性がいたら、必ず殴る男性を選ぶ!」

 これは私の乏しい経験に照らしても事実なのであるが、ここには言わば、叙述トリックがある。

「そもそも精神的に健康な女性は『殴る男性』を交際相手の選択肢に入れない」

「『殴る男性』が選択肢に入る時点で、その女性は相当病んでいる。『殴る男性』を選んでしまうのは、一種の自傷行為であり、症状である」

 あえて言うなら「殴る彼氏」と付き合ってしまう女性に必要なのは、「殴らない彼氏」ではなく、医療や福祉へのアクセスなのである。弱者(に限らず)男性は、そういう女性と遭遇したら、恋人になって救おうとするのではなく、医療や福祉へのアクセスを提供すべきである。

The Last Straw
The Last Straw / daathi2

 これは弱者男性だけでなく、過激なフェミニストにも言えることだが、男女が対立している限り「分断して統治」している連中や、「分断を煽って利益を得ている」連中が喜ぶばかりである。

 団結は一朝一夕にはいかないと思うが、まず分断をあおるのをやめようではないか。

(すぎたとおる ミステリーニュースステーションATLAS編集部)
作者FaceBookページ:https://www.facebook.com/sugitatoru1701

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