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 現代日本で最も志の高いテレビ番組は、プリキュアシリーズである(異論は認めない)。東映アニメーションが制作し、テレビ朝日系で日曜の朝に放送されている、低年齢少女向けのアニメで、2004年に第1作「ふたりはプリキュア」がスタートし、現在は18作目「トロピカル~ジュ! プリキュア」が放送中である。

 設定はシリーズごとに異なるが、共通する基本設定は

「二人以上の少女(主に中学生)たちのチームが、妖精(的な存在)に授かった力で変身する」
「妖精やアイテムを狙う悪の組織から、世界と日常を守るために戦う」
「必殺技はあるが、基本徒手空拳で戦う」

26th Tokyo International Film Festival: Tanihara Shosuke, Kugimiya Rie, Miyamoto Kanako, Fuchigami Mai, Kotobuki Minako & Nabatame Hitomi from DOKIDOKI PRETTY CURE! THE MOVIE Memories for the Future
26th Tokyo International Film Festival: Tanihara Shosuke, Kugimiya Rie, Miyamoto Kanako, Fuchigami Mai, Kotobuki Minako & Nabatame Hitomi from DOKIDOKI PRETTY CURE! THE MOVIE Memories for the Future / Dick Thomas Johnson




 シリーズを企画したプロデューサー鷲尾天氏は

「女の子だって暴れたい」

 をテーマに、女の子をエンパワメントする作品を作りたいと願って企画したという。実際、オープニングで傷だらけの少女二人が瓦礫の中から立ち上がり、徒手空拳で巨大な敵に立ち向かっていく、第1作のオープニングは強烈であった。シリーズを重ねるうちにメンバーは増え(現在はだいたい4~5人のチーム)、設定も魔法つかいになったり、伝説のパティシエになったりするが、基本コンセプトは現在も貫かれている。

 では「プリキュアがなぜ素晴らしいのか」「どう素晴らしいのか」について説明しよう(超上から目線)。

「真・善・美」という言葉をご存じだろうか。真実と、道徳的に正しいことと、美しく価値のあること。かつてプラトンが提唱した、人間が生きる上での究極の目的を表した言葉である。プリキュアにはまさにこの真・善・美が体現されている。少女たちは決して自ら戦いを望まず、世界や妖精や日常を守るためのみに戦う。

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20150612 13.48.48 / C. Fountainstand

 そしてその中で描かれるのは、友情の尊さ、勇気の大事さ、日常の大切さである。少女たちは時には失敗や誤った選択もする。しかし、仲間と共にその結果を正面から受け止め、必ずもう一度立ち上がる。少女たちはプリキュアとして戦いながらも、日常を謳歌し、自分の夢を追いかけることを諦めず、その困難から消して逃げない。

 時には敵にも深く共感する。そして戦う物語でありながらも、プリキュアは自己犠牲を美化しない。ここには確かに、子ども達に伝えなくてはならない、真・善・美がある。

「多様性」もまた、プリキュアの大事なテーマである。日本の少女だけでなく、外国人や異世界人、妖精や宇宙人やアンドロイドまでもがプリキュアになる。時には、かつて敵だった者が、プリキュアになることさえある。




 少女たちは、相手が人外であろうとも、誤解を乗り越え、対等の友情を育むのである。時には「あまりにもポリコレ的である」と非難される要素でもあるが、(反ポリコレの)お前ら、子供たちに何を見せるつもりだ。

  プリキュアは、平成そして令和の現代日本が抱える問題にも(子供達に理解できるレベルで)真正面から向き合う。敵がブラック企業であったり(明言はされないが)LGBTのキャラクター(しかも一回だけの奇跡としてプリキュアになる!)が出てきたりする。前作「ヒーリングっど! プリキュア」では「他人に自分の心と体を利用させてはならない」(あなたへのモラハラ・DV・性暴力を許してはならない)というメッセージにまで踏み込んだ。

I want to watch #Precure film. Can I have time to do?
I want to watch #Precure film. Can I have time to do? / fukapon

 プリキュアの物語においては、しばしば奇跡が起こる。しかしそれは、製作者たちが楽をしたいがための、安易な選択ではない。第1作「ふたりはプリキュア」 は、二人の互いを知らない少女と、二体の妖精とが出会うことで始まる。

 出会いという奇跡で始まった物語なのだから、クライマックスで奇跡が起こるのは当然だ。毎年2本ほど製作される劇場版ではさらに、配布された「ミラクルライト」を子ども達が振って応援することで、奇跡が起きるのである(残念ながら昨年からコロナ禍のため自粛)。

「道徳」という言葉には胡散臭さがつきまとうが、それでも子供たちにはやはり道徳が必要だ。子供達には「プリキュアに恥ずかしくない」大人になるよう伝えねばならないし、我々大人も「プリキュアに恥ずかしくない」ふるまいをするよう心がけるべきである。

(すぎたとおる ミステリーニュースステーションATLAS編集部)
作者FaceBookページ:https://www.facebook.com/sugitatoru1701

 

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