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ハンナ・アーレントと『アイヒマン裁判』
- 2021/2/26
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- アドルフ・アイヒマン, イスラエル, ナチス, ハンナ・アーレント, ユダヤ人

画像©ウィキペディアより引用
哲学者ハンナ・アーレントはユダヤ人であり、ナチスによる迫害を受け、一度は収容所に入れられながらも、辛うじて脱出した経歴を持つ。その彼女が戦後、ユダヤ人虐殺を指揮したアドルフ・アイヒマンのイスラエルによる裁判に立会い、アイヒマンのことを「凡庸な悪」と評した。
この発言はユダヤ人社会から総スカンを食ったが、彼女は最後までそれを撤回しなかった。やがてこの「凡庸な悪」の概念は、全体主義社会を考える上で、欠かせない概念となっていく。
画像©ウィキペディアより引用
ナチスドイツがなぜユダヤ人を迫害したのかについては「ぶっちゃけ誰でもよかったが、たまたまユダヤ人だった」。
ナチスは政権を取るために、わかりやすい悪役を必要としていた。第一次世界大戦の敗戦について、ドイツでは「ユダヤ人の陰謀」説が広まっていたので、それを利用したのである。また、ヒトラー個人に、ユダヤ人に対する恨みがあったとも言われている。ユダヤ人に金持ちが多かったのも事実なので、彼らの財産を没収することはナチス経済の重要な一部だった。
アイヒマンはサラリーマン時代にナチスに入党し、親衛隊員になったが、イデオロギーにはさして興味はなかったと言われている。ナチス全盛期のドイツでは、出世のために党員になるのは普通のことであった。失業後、本格的に親衛隊員として軍事訓練を受けるが、軍務が嫌で、事務畑で働くことを選んだと回顧している。そして回されたのが、ユダヤ人担当課であった。この時点でアイヒマンは、ユダヤ人問題に興味すら持っていなかったようだ。
しかしいったんユダヤ人担当課で働くとなったら、その勤勉さと高い事務能力で、たちまちゲシュタポのユダヤ人課課長にまで上り詰め、ユダヤ人の強制収容を進めていった。そして一九四一年八月から九月にかけて、アイヒマンはヒトラーがユダヤ人問題の『最終解決』を決意したことを知る。
それまでは強制収容されたユダヤ人は、パレスチナ・ソ連東部・マダガスカルなどに移住させる計画であったが(もちろんその過程でユダヤ人の生命は尊重されず、すでに多数の死者が出ている)、いよいよナチスは民族絶滅に舵を切るのである。
目的が移住から絶滅に切り替わっても、アイヒマンは怯むことなく任務に邁進した。ただし後の裁判では、「ガス殺の視察では強いショックを受け、正視できなかった」ことを強調している。
それでも彼は「五百万人のユダヤ人を列車で運んだ」。
このことについてアイヒマンは「軍務に就くことを回避するため」任務に邁進していたことを強調しているが、一九四五年にドイツの敗色が濃くなり、親衛隊全国指導者のハインリヒ・ヒムラーがユダヤ人虐殺の停止を命令しても、彼は虐殺を続けた。
ドイツが敗北すると、アイヒマンはアメリカ軍に拘束されるが、正体を隠して脱出に成功、偽名を用いてアルゼンチンに潜伏した。一九六〇年、アイヒマンの所在を掴んだイスラエルの諜報機関・モサドは、その身柄を拘束、翌年イスラエルで裁判を行う。
画像©ウィキペディアより引用
裁判においてアイヒマンは「自分は命令に従っただけであり、無罪」を主張したが、結果は死刑であった。アーレントはこの裁判を傍聴し、アイヒマンは「ごく普通の小心者で取るに足らない役人に過ぎなかった」と結論し、拘束及び裁判の正統性について、疑問を呈している。
さて、アーレントはアイヒマンのことを『凡庸な悪』と呼んだ。ヒトラーは確かに、邪悪な信念に満ちた独裁者であったが、六百万(人数はさておく)のユダヤ人を自分の手で殺して回るわけにはいかない。ヒトラーの下には、同じ信念に基づいて、あるいは単に仕事として手足となって働く、無数の官僚と兵隊がいた。
そして場合によっては、信念に満ちた部下よりも、単に官僚機構の歯車として働く小役人の方が、いい仕事をするのである。アイヒマンは何の信念もなく、官僚としていい仕事をしたのだ。
筆者はアーレントが、「アイヒマンの拘束と裁判の正当性」について疑問を呈したことにも注目したい。イスラエルはアルゼンチンの主権を犯してアイヒマンを拘束し、法的に正統性のない裁判を行ってアイヒマンを死刑にした。「ユダヤ人」は確かにアイヒマンの犠牲者だが、アイヒマンはイスラエルの暴挙(と呼ぶのは言葉が強すぎるだろうか)の 犠牲者である。
画像©ウィキペディアより引用
かつての被害者は、今や加害者となったのだ。アイヒマンがユダヤ人を虐殺し、イスラエルがアイヒマンを虐殺する。アイヒマンは命令に従った。イスラエルは「神の正義」に従った。両者に共通するのは 「思考の停止」であることを、アーレントは示唆している。
命令に忠実に従う小役人が、最も邪悪な成果を挙げるのは、洋の東西を問わない。我々もまた、身を引き締めねばならない。
(すぎたとおる ミステリーニュースステーションATLAS編集部)
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