画像©ウィキペディアより引用

日ユ同祖論とはなにか?

 我々はどこから来たのだろうか?

 日本人がそう考えるのは、至極当然のことであると思う。なにせ、日本はユーラシア大陸の東端に、すりよるように位置する島々からなる、島嶼国家である。

 その国民である我々日本人は、元をたどれば,みなどこかしらから移り住んできた人々の子孫である。ご先祖様をさがしたくなるのも、いたしかたないだろう。

 だが、地球の反対側で、これとは逆のことを考えた人々がいる。我々の先祖は、いったいどこへ行ってしまったのだろうか? と。

 それは、中東にルーツを持ち、全世界にその根を広げていたた、ユダヤの民たちであった。

 事は、いまからさかのぼること、2700年も前のことになる。十戒で有名な、モーセに率いられた、イスラエルの民が、エジプトを脱出して、今のパレスチナ(バレスチナとは、先住民であったペリシテ人の土地という意味である)の地域にすみつき、イスラエルという王国を造った。

 後に、このイスラエルは構成する12の氏族の連合が分裂して、北のイスラエル王国(10氏族)と、南のユダ王国(2氏族)を新たに造った。

 だが、紀元前277年小アジアに勃興した、アッシリア帝国の攻撃を受けて、北のイスラエル王国は滅亡をしてしまった。

 このとき、イスラエル王国を構成していた10の氏族は、離散して行方不明になってしまったのである。残った南のユダ王国も、その後、紀元前586年に新バビロニア帝国に滅ぼされてしまう。

 この南に残った2氏族をユダ王国の民、すなわちユダヤ人と呼ぶようになった。

 ユダヤ人たちは、新バビロニア帝国を滅ぼしたアケメネス朝ペルシャ帝国によって、解放をされる。この時、自分たちを救ってくれたペルシャのキュロス大王を、救世主・メシアと呼ぶことにした。

 今につづく、メシアという言葉は、もともとはキュロス大王のことである。

 その後もユダヤ人たちの苦悩の歴史はつづき、アレクサンドロス大王の帝国や、その後継国家の支配とのあと、一時期独立をはたすものの、ついには、大ローマ帝国の属州になり、その後も自前の国家を持つことがかなわず、20世紀まで至ってしまった・・・。

と、まあここまでが前振りである。





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失われた10氏族を探して

 欧米の歴史の中でもみくちゃにされつづけながら、この優秀としかいいようのない民族は、その知力と芸術的センスとともに経済的なパワーをもつにようになり、世界のあらゆる分野に進出をしていった。

 そして20世紀初頭、開国間もない日本にやってきたとき、ふと、ある思いにとらわれたのだ。この日本人という民族こそ、我々と始祖を同じくする失われたイスラエル10氏族の末裔ではないのか?と。

 ヨーロッパ系白人の容貌をもつユダヤ人たちと、我々黄色人種といわれる、モンゴロイドの日本人では、見た目に共通の先祖をいただくようには見えないが、日本の文化・習慣を知るにおよんで、これは古代イスラエルの文化が伝播したものなのではないかという共通項を見出したのである。

 まず、気がついたのは、日本の神事にまつわる言葉が、古代ヘブライ語に起因するのではないかというものであった。

 いわく、鳥居・門の意、おみこしの掛け声である「ワッショイ」は「ヤハウェの救いは来る」との意。そもそも、ニッポンという国名自体が旧約聖書に出てくるヤコブの七男のエッポンを起源とするものであると、主張された。

 興味のおありの方は、ちょっとネット検索をすれば、おびただしい類似語の数々を、知ることができる。


画像©マサコ アーント PIXABAY

大陸の端で孤立する二つの文明

 ともすれば、こじつけのようにも聞こえる話ではあるのだが、当のユダヤ人たちは大まじめに、このことを研究しつづけている。

 こう書くと、特殊なもの好きなグループのことを、大げさに取り上げているのではないのかと、お思いの読者もおられるだろうが、この2021年現在、イスラエル共和国の政府機関に、日ユ同祖論を検証する部門があることを、知っていただきたく思う。

 熱心なのは、政府だけではない。

南アフリカのセシル・ローズが設立し、かつて世界のダイヤモンド市場の90パーセントを支配した、世界最大のダイヤモンドコネクションの中核をなしている、デ・ビアス社は、日ユ同祖論を証明したものに対して、賞金を出すことを、今も約束をしている。

 彼らは真剣なのである。

 なぜ、ユダヤの民は、日ユ同祖論に拘泥し続けるのであろうか?

 ある歴史家は、他の巨大文明圏に囲まれながらも、自分たちの文明を守りつづけた孤独さが、仲間を追い求める原動力となり、やはり極東で孤立した文明圏を形成した、日本に着目したのだろうと、結論づけていた。

 なるほど、一理ある考えである。

 一般にイスラエル共和国では、大学生は卒業をすると、社会に出る前に、海外に長期旅行にでかける習慣がある。そのとき、かなりの割合で日本を訪れる若者たちがいる。

 理由は様々なのだが、その一つに日本はユダヤの民を虐げなかった、唯一の国民であるというものがあった。ユダヤ人たちが受けた迫害の歴史をみたとき、自分たちの血族とでもいうものを、求めているのかもしれない。





画像©wal_172619 PIXABAY

アシュケナジーとセファルディー、二つのユダヤ人

 冒頭に、ユダヤ人の歴史を大まかに説明したが、実はこれだけでは不十分なことがある。

 古代からの正当なユダヤ人とは別の系統をもち、かつイスラエル共和国の主要な部分を握る、アシュケナジーとよばれる、“白いユダヤ人”たちである。

 本来のユダヤ人は、人種的には南方コーカソイドとよばれる、褐色の肌と黒い髪をもつ人々である。(コーカソイドは広義の白色人種である)同系統に、地中海周辺に古代文明を発達させた、エジプト人やメソポタミア人、アカイア・ギリシャ人などがいる。

 ユダヤ人の話すヘブライ語は、アラビア語などと同系統のハム・セム語族に属する。

 では、今見る白いユダヤ人たちは、どういった人々なのであろうか。

 ヨーロッパの白人たちとの混血により、白い肌を手に入れたのだろうか。それもあるにはあるのだが、実はユダヤ人には二つの大きな流れがある。

 一つは、褐色の肌をもち、中近東から北アフリカと、イベリア半島のピレネー山脈以南におおくコミュニティーを持っていた、セファルディーといわれるグループ。

 もう一つは、ロシアから東ヨーロッパをへて、バルカン半島から西ヨーロッパにかけて、住んでいたアシュケナジーといわれるグループである。

 我々日本人が知る、物理学者のアルバート・アインシュタインや、作曲家のジョージメガーシュイン、またはハリウッド映画に出演をする俳優たちは、みなアシュケナジーである。


画像©Sohrob Tahmasebi PIXABAY

 意外なことに、このセファルディーとアシュケナジーとは、もともと交わりのない、別の民俗グルーブである。

 アシュケナジーたちの故郷は、黒海からカスピ海の北側に、7世紀から10世紀にかけて栄えた、トルコ系のハザール王国なのである。

 交易で栄えていたハザール王国は、周囲のキリスト教国と勃興するイスラム帝国の圧力をかわすために、その両巨大宗教の源である、ユダヤ教に一斉に改宗をして、第二のユダヤ人となったことは、歴史的事実であり、オカルトでも、とんでも学説でもなんでもない。

 祖国が滅ぼされたとき、ハザールのユダヤ人たちは、これも第二の大離散(ディアスポリス)として、今のロシアから東ヨーロッパ、そしてドイツやフランスにまで、拡散していったのであった。

 この問題は、今でも様々な議論の対象である。

 というのも、この事実を逆手にとって、現イスラエル共和国には、パレスティナに於いてなんの権利もないという政治的主張が、アラブ諸国とイスラム圏からなされているからである。

 事程左様に、ユダヤの民は、四面楚歌といった状況にありつづけている。

 政治的にも文化的にも、経済的にも世界史の中で輝きを放つに、こういった孤立感というより、孤独感があるかぎりは、日ユ同祖論はなくなることなく、語られ続けていくに違いない。

(光益 公映 ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

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