『母の罪』

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 筆者によく怪談を聞かせてくれる方々のうちに、斎藤さんという看護師の女性がいる。

 斎藤さんの体験は拙著「三重の怖い話」の「切り取り線」などで紹介しているが、斎藤さんの親族にも奇妙な体験があり、そのうち一つを紹介する。

 斎藤さんの親族のさださんという女性は、福島県いわき市に生まれ、東京の某大学病院附属看護学校に入学した。卒業後は大学病院で勤務していたが、昭和初期、自身が三〇歳の頃に内科の教授に呼ばれたことがある。

 教授の話によれば、一人息子であるAが結核にかかり、自宅に寝たきりだという。まだ結核が不治の病と言われている時代だった。

 「通いで面倒を見てくれないか」との打診に、さださんはこれを了承し、病院勤務の合間を縫うようにして教授宅へ通いに出かけることになった。

 教授の家は四人暮らしで、教授の妻と、娘が一人と、結核にかかった息子のAが住んでいた。そして、Aは実の母からひどい仕打ちを受けていたという。

 「どうせ結核は治らないし、栄養つけても仕方ないでしょ!この家に結核患者がいるのは世間体が悪いわ、大学病院の教授の家なのに……」

 Aは日の当たらない奥の部屋に閉じ込められ、まともな食事も与えられていないようだった。

 (あまりにもひどい……栄養のつくものを……)

 やせ細ったAをみかねて、さださんが通い始めてからは、卵や肉をこっそり料理して食べさせるようにしたという。歳の離れた姉もまた、母に隠れて弟の面倒をみていたようだ。弟は姉によく懐いていた。

 さださんが通い始めてしばらくした頃、Aの姉の縁談が決まった。

 「私がいなくなったら、弟を守ってくれる人がいないので、どうかよろしくお願いいたします」

 礼儀正しい姉は嫁に行く前にさださんにこう頭を下げていったという。




 娘の縁談が決まってしばらくは母の機嫌がよくなり、さださんの世話のかいもあってかAは小康状態に落ち着いていた。だが娘がいなくなってしばらくすると、母はよりいっそうAにつらく当たるようになった。

 「気に食わない。せっかく娘はいいところに嫁にいったのに、お前がいるせいで外聞が悪い!」

 その頃は、Aは喀血して服を汚しても着替えさせてもらえず、さださんが行くといつも汚れた服を着ていたという。

 「今日は身体を拭きましょうね」

 さださんが清拭のためにAの服を脱がせると、胸に真っ黒なあざが出来ているのに気が付いた。

 「これ、どうしたの?」
 「……お母さんがやった」

 Aは言いにくそうにそう呟いた。さださんがいない間に、母が箒で叩いたり殴ったりするようになったという。

 (私のいないところで虐待されていたんだ……)

 父である教授はこのことを知っているのか知らぬのか、さださんに対して病院で会うことがあっても「いつも世話になって悪いね」としか言わなかったそうだ。

 「お前なんてどうせ死ぬんだから」と、食事と言えば粥に梅干しが乗ったものしか食べさせてもらえなかったAは、日に日に状態が悪くなり、そのあとは長くなかったという。


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 世話をする相手がいなくなり、さださんもその家を訪れなくなってしばらくした頃、こんな噂が耳に入った。嫁に行った姉は、弟であるAにこう言っていたそうだ。

 「もうすぐ子供が生まれるの。よくなったら顔を見せに来るからね」

 Aは、大好きな姉の子どもが生まれてくることを心から楽しみにしていたという。だが無念にもAは亡くなった。

 Aの死後しばらく、母はAが亡くなったことを娘に伝えなかったそうだ。お産に影響すると悪いというのが建前だが、自分がAに対して行った数々の仕打ちに後ろ暗い部分もあったのだろう。

 やがてAの姉は無事に出産し、「孫だ孫だ」と喜び勇んで母は病室を訪れた。

 「ほら、あなたのおばあちゃんだよ」

 生まれたばかりの赤子が見えやすいようにと姉が抱えなおした瞬間、母は悲鳴をあげた。

 「いやあぁぁぁ……!!」

 突然の大声に一瞬驚いたように目を瞠り、赤子は泣きだした。




 母は見てしまったのだ。愛しい孫の胸に、真っ黒の手形のような痣があるのを。それは寸分違わず、自分が苛め抜いた息子とおなじ位置にあったという。

 それ以来、母は人が変わったかのようにして、毎日うわごとを繰り返すようになった。

 「死んだ息子がずーっと私の傍にいる」
 「家の中を歩くとき、いつも私の背中に覆いかぶさるようにしておぶさって……」

 夜は眠れず、食事も喉を通らない。唯一口に出来たものは、生前息子に与えていた、梅干をひとつ乗せただけの質素な粥だけだった。

 そのような状況も長くはもたず、最後は衰弱して亡くなったという。

 この話を筆者に聞かせてくれた斎藤さんによれば、さださんの年齢から考えるに、この時に生まれた子どもは今も存命の可能性があるそうだ。

 Aはただ母に愛されたかったのかもしれない。大好きな姉の子となり、母の孫となることで、今度こそ愛されると思ったのではないだろうか。

 因果応報といえるこの話だが、2021年現在、国内外を問わず感染症が流行している。心ない差別やいじめで新たな怪談が生まれてしまわぬよう、さださんの話を教訓としたい。

【志月かなで】
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Vol.125 車に宿る「式神!」

 

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