『遊郭の女たち』

画像©お兄P photoAC

 三重県伊勢市に古市という江戸時代に日本三代遊郭と呼ばれた地がある。

 古市は江戸時代以降に伊勢参りをする参拝客の増加に比例して、伊勢神宮参拝後の人々が精進落としをする歓楽街として発達し、最盛期には妓楼七十軒、遊女千人がいたとされている。

 伊勢の不夜城とされた古市だが、新道通に現在の伊勢市駅(旧・参宮鉄道山田駅)が出来るとともに、繁華街の中心はそちらへ移っていったという。

 体験者のしげしさんは、昭和五十年頃、小学校三年生の時に祖母の代理として古市にある遊郭を訪れたことがある。しげしさんの祖父が急死し、祖母も体調を崩していた頃だ。

 祖母からこう声がかかった。

「しげし、ここに行ってきて欲しいんだ。私が元気な時に受けた頼み事なんだけど、もう行けそうにないから」

 祖母によれば、祖母の家系は先祖が口寄せをしていたことからか、何度か霊的な御用聞きのために古市に呼ばれることがあったという。普段厳しい祖母が孫である自分を頼むことは滅多になかったことから、しげしさんは“託された”と感じたそうだ。

「うん、分かった。どうしたらいい?」
「これを持っていくんだ」

 祖母は折りたたまれた紙をしげしさんに渡してこう言った。

「相手方は、しげしが小さいからと舐めてかかるだろう?そうしたら声を張り上げて“私たちT家の家系の者は今後一切この町の方にはかかわりません”と言いなさい。相手が頷いたら、ここに印鑑を貰ってくること」

 祖母は紙の隅を示してそう言った。




 その後、しげしさんは言われた通りに古市を訪れた。当時は遊郭の跡地ということを伏せない観光用の店が一軒あったほかは、どこも元遊郭であるということを伏せて民家となっていた。

 祖母に持たされた紙と地図を手に、しげしさんはある家を訪れた。

「T家のものです」

 幼いしげしさんは玄関で夫婦らしい男女にじろじろと見降ろされた。

「あんた、本当にあの婆さんの孫か」

 せせら笑う男性を見て、しげしさんは祖母の言いつけ通りに声を大きくし、

「私らT家の家系の者がせせら笑われた事、よくよく祖母にお伝えいたします!」

 そして祖母から持たされた紙を開いてみせた。中には達筆な祖母の字で、代理の者を寄越すことと、今後T家はこの土地に一切かかわらないという内容が記されていた。

 夫婦はそれを見るなりすぐに深く頭を下げたかと思うと、それだけでは足らぬと思ったのか土下座までしたという。


画像©U0624 photoAC

 しげしさんは家に入った時から、夫婦の肩や腰に女性の手が纏わりついているのを見ていた。

(この家は……なんなんだ……?)

 夫婦はしげしさんが祖母から持たされた念書にサインと印鑑をした後、しげしさんを部屋に通した。大広間が一つと広めの部屋が五つ、かなり狭い部屋が八つ。どの部屋がどう使われていたのか、小学生のしげしさんですら察しがついた。

 遊女を折檻していたのであろう部屋には、生々しい血の痕すら残っていたという。想像するだけで吐きそうになるほど凄まじいものだった。どの部屋にも襦袢を着た女性の霊が蹲っていたりと、地縛霊と呼んで差し支えない存在が数えきれないほどあったという。




(あ、ここは……だめだ。手の施しようがない)

 そう思ったしげしさんは、夫婦に

「あなた方は、今ここに住んでいるのですか?」

 と尋ねた。すると

「はい」

 と小さく答えがあった。

「どうにかなりませんか……」

 男性はすがるようにしげしさんに声をかけたが、手の施しようがないことは目に見えていた。

「住み続ける限り、これらの霊を鎮めるのは無理です……。この地とこの家、そして今住んでいるあなた方にも……霊の無念が染みついています。例え祖母が元気であったとしても、一時的な対処としかならなかったと思います。悪いことは言いませんから、家を壊し、すぐにでもこの地を出ていく方が良いですよ」

 すると男性が必死な顔でこう食い下がった。

「夜な夜な女性の泣き声がすると、息子の嫁にと縁談があっても、すぐに出て行かれてしまうんです……!どうにかなりませんか……!!」
「……では、せめてここを建て直す事です。地鎮祭をし、毎日かかさず般若心経を読み、お供えをしてあげてください。それくらいして当然の事をあなたの御先祖はされていますよ」

 子孫として供養だけは怠らぬようにと伝え、しげしさんはその家を後にした。

 その後中学校に上がったしげしさんは、古市が校区内だったことから、再度この地を訪れたという。

(あの人たち、引っ越したのか……)

 しげしさんが会った夫婦は家を捨てて出て行ったが、遊郭の女たちの供養をしなかったのだろう。息子に嫁が来ず、家系は途絶えたと風の噂で聞いた。

 一家が出て行った家は壊され、新たに地鎮祭を行い別の一家が家を建て直したようだったが、それもすぐに出て行ったそうだ。

 その後も一年のうちに何度も住人が変わり、誰も定着しないまま、令和の今も空き家のままになっている。

【志月かなで】
HP:http://shizukikanade.com/
Twitter:@kwaidangirl

********************

Vol.299【光明的、神・仏と人々が寄り添った真実の歴史!星が上下左右に激しく動く!一瞬、緑色にバーストする星!それは光の民の巨大な母船!】

 

関連記事

最近の投稿

ページ上部へ戻る