聖夜も恐怖に陥れる!?トントン・マクート

画像©ウィキペディアより引用デュバリエ父子独裁政権下の国旗(1964年 – 1986年)

今年2020年はコロナ禍という波乱な幕開けで始まり、イベントは縮小され急激にリモート化が進みとうとう年の瀬も迫ってきた。今年の年末は自宅で大人しく年越しする家庭も多いことであろう。

異常事態の中ではあるが、今年のクリスマスも子供達はサンタからプレゼントを貰えたであろうか。無事にクリスマスを楽しく過ごせたなら幸いであるが、他国では良い子にできていなかった子はナップザック(麻袋)に入れて連れ去られてしまうという恐ろしい伝承もあるそうだ。

ハイチという国の言い伝えである。この国ではサンタ・クロースを「トントン・ノエル(クリスマスおじさん)」と呼んでいる。

だが悪い子の家には「トントン・マクート(麻袋おじさん)」がやって来ると、古くから言い伝えられてきた。ブギーマンとも似ている。

実はトントン・マクートの恐怖はこれだけではなかったのだ!

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ハイチで信仰されているブードゥー教は、黒人奴隷にされていたフォン人が白人の目をごまかすためにキリスト教と習合されていた。

この国は奴隷制度にも負けじと、黒人達によって初めて築き上げられた共和国であった。

フランソワ・デュヴァリエが政権を握ってから1958年に結成された秘密警察が、なんと「トントン・マクート」と呼ばれた(1962年、「国家治安義勇隊」に改称)。

都市部の黒人貧困層や地方地主の傭兵などを集め、ブードゥー教や秘密結社までも利用してテロ活動をしていたのだ。

そんなデュヴァリエが政権を獲れた理由は、医師として伝染病拡大防止に努め「パパ・ドク」と呼ばれ人気が高かったからであった。ネグリチュード運動にも積極的に参加していた。




だが実権を握ってしまった途端に、彼に魔が差してしまったのであろうか!

かつては多くの人々の命を救うために活動していたにも関わらず、結局は多くの国民をひどく苦しめてしまったのだった・・・

彼に逆らう者達は次々と捕らえられ、拷問され殺戮されていった。なんと硫酸の中に沈められる極刑にされた者達までいた。

デュヴァリエは拷問の様子を監視していた。処刑された反逆者の頭を凍りづけにして儀式もしていた。なんとも悪趣味である。

まるでジキルとハイドのごとく二面性が激しい。彼の胸中には、トントン・ノエルとトントン・マクートが混在していたのであろうか。

1971年に病死し息子に継いだが、反政府運動によりデュヴァリエ家は1986年に国外追放された。代わりに政権を継いだアンリ・ナンフィが、再びトントン・マクートを復活させてしまった。

CIA(中央情報局)との攻防戦も繰り返されていたが、未だFRAPH(ハイチの進歩と発展のための戦線)などトントン・マクートの残党や反政府の動きは落ち着かない。

現実は想像以上に恐ろしいのである!!

この国にも全世界にも一刻も早く、平和というプレゼントがもたらされる日が来ることを待ち望むばかりである。

(ふりーらいたー古都奈)

参考サイト
ニコニコチャンネルブロマガ トントン・マクートさんチャーミングな名前の割にナマハゲ感強め。
plala ハイチ政変の背景

 

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