画像©Ryosuke Yagi

 先日まで千葉県佐倉市の国立歴史民族博物館で開催されていた『性差<ジェンダー>の日本史』展。「女性史」ではなく、卑弥呼の時代から現代に至るまでの日本史を「ジェンダー」の視点から、豊富な資料で捉え直す、素晴らしい展示であった。

 今回はその中の一コーナーであった『性の売買と社会』から、性売買の日本史について考えてみたい。

「世界最古の職業」と呼ばれることもある売春だが(実際、霊長類のチンパンジーなどにも、食料と引き換えに交尾をねだる、オスの姿が観察される)、意外なことに、縄文時代や弥生時代の日本では、売春の痕跡は発見されていない。史料から売春の痕跡が発見されるようになるのは、九世紀の後半(奈良時代後期)頃からである。

 ただし、それ以前の日本にも「遊行女婦(ゆうこうじょふ)」や「娘子」と呼ばれる、女性の歌人の一団がいて、地方の役所で行われる宴会で和歌を読み、貴族たちに対して、性的な奉仕もしたと考えられている。コンパニオンレディの走りと取れなくもないが、あくまで本業は歌人であり、性的奉仕に金銭的な代償は発生していなかったようだ。




 そもそも、この頃までの日本では、一夫一婦制はまだ一般的でなく、男女の結びつきは緩やかだったので「売買春」という概念を見出すこと自体が難しい。

 一夫一婦制の婚姻が一般化するに従い、「遊行女婦」や「娘子」たちの子孫が、売買春で生計を立てるようになり、「遊女」と呼ばれるようになった。しかし、芸能の専門家でもあった彼女達は、社会的に蔑まれることもなく、貴族は彼女たちに芸能を習い、彼女たちも権力者たちの愛妾となることもあった。

『平家物語』 には、白拍子の妓王・仏御前らが平清盛の愛妾として登場するし、承久の乱を起こした後鳥羽上皇も、白拍子の亀菊(伊賀局)を愛妾としていた。また、遊女は家業として営まれ、代々女系で相続されており、男性による搾取はなかったと考えられている。

Samurai Film Studio Turns Into Edo Period Bar
Samurai Film Studio Turns Into Edo Period Bar / Ryosuke Yagi

 本格的に彼女たちの地位が低下するのは、江戸時代に入ってからのようだ。

 江戸幕府は買春を統制し、吉原をはじめとする色里を作ったが、そこで売春を公認されたのは、実際に働く女郎たちではなく、彼女らを管理する楼主たちであった。女郎たちは彼らの商品となり、年季奉公という形で借金を背負わされて働かされた。彼女らには外出の自由すらなく、十分な食事すら与えられずに、休みなしに毎日何人もの客を取らされた。

 吉原では待遇に耐えかねた女郎たちが、処罰されることを知りながら放火して、楼主の非道を訴える事件が何度も起こっている。彼女たちの平均寿命は、わずか二十二歳ほど。ほとんどの女郎たちが、年季が明けるまでに病気などで死亡し、満足に弔われることすらなかった。

 それでも、この時代はまだ女郎たちは「親やイエのために苦界に身を沈めた女性たち」とみなされており、年季が明けると普通に嫁ぐことも少なくなかった。江戸時代の初期には、大名に嫁いだ太夫もいる。

 しかし明治時代に入ると、人身売買が西洋諸国から問題視されることを恐れた、明治新政府によって、借金で縛られる実態は変わっていないにも関わらず、「娼婦は自由意志で売春している」という形式が取られるようになった。




 そして、「自由意志で売春している」という形式になったことによって、娼婦たちは「淫蕩な女たち」というステイグマを与えられてしまう。本格的な差別が始まったのは明治以降のことなのである。

 また、軍隊と遊郭の結びつきも見逃してはならない。若い男達が集まる、軍隊の駐屯地の近くには、必ず遊郭があった(公平を期すために言っておけば、諸外国でも事情はあまり変わらない)。兵士たちの管理を進めたい政府と、固定客を当て込んだ楼主たちの、Win-winの関係であったが、これが従軍慰安婦へと繋がって行く。

 『ゲゲゲの鬼太郎』で知られる漫画家の水木しげるは、自らの従軍経験をもとに、従軍慰安婦の悲惨な実態と、彼女たちにわずかな慰安を求める兵卒たちの、同じくらい悲惨な実態を何本もの作品で描いている。

 政府が欧米列強のキリスト教的倫理観を浸透させようとした結果、一夫一妻が定着し(事の善悪はさておき)夜這いなどの自由な性関係が失われ、婚姻外に性関係を求める男性たちは、買春以外の選択肢をほとんど失う。兵役に行った男性たちの間で買春が一般化したこともあり、一九三〇年頃には、年間の累計遊客数は三千万人を超えた(政府は売春を管理し、統計を取っていたのである)。

 当時の日本の人口は六千五百万人ほどであるから、ほとんど全ての男性が買春をしていた計算になる(無論、実際には複数回買春する男性が多いので、あくまで計算上の話である)。


画像©David Mark PIXABAY

 戦後は進駐軍向けの特殊慰安施設協会(RAA)が設立されたりもしたが、女性達による売春禁止運動の高まりを受けて、売春は非合法化され、「赤線」が解体される。しかし売春はなくならず、自由恋愛を建前とする「風俗業」 の時代が訪れる。

 そして昭和末期、バブルの時代に「援助交際」が登場。平成は「素人と玄人の区別がつかない時代」となった。さらに「失われた三十年」による不況で「パパ活」が登場、「誰もが明日には売春を始めていてもおかしくない」 現代が訪れるのである。

(すぎたとおる ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

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