
「呪い屋」という耳慣れない単語にすみさんが驚いていると、すぐにもう一通Aからメールが届いた。
“すみさんの家のリビングに、霊がいるんですよ。コンタクトを取りますからお待ちを”
それから少しして、Aから入ったメールにはこう記されていた。
“いま、すみさんの家のリビングから、隣の家に霊が逃げていきました。隣の家が呪い屋に依頼してたみたいです。僕の方でも調べてみます”
そしてその日以来、ぴたりと不審な電話はなくなったそうだ。
Aによれば、霊的な能力のある人脈の中に呪い屋と繋がっている者がおり、やめるように告げたという。呪い屋というものはある程度横のつながりがあり、第三者から「あの家には手を出すな」と言われると、それ以上深追いしないそうだ。
それから、すみさんはAの言葉を考えながら日々を過ごしていた。
(本当に、隣の家からだったんやろか……)そして、ぼんやりと考えているうちに、あることに気が付いたという。
(あれ、そういえば……)すみさん宅はIP電話と光電話を引いているのだが、普段は光電話の番号を使用していた。
だが嫌な予感が働き調べてみると、無言電話がかかってくるときにはある共通点があった。
(いつもうちに電話がかかって来るときは非通知だったから、気づかんかった……!)
“無言電話の発信者の番号を確認してやろう”とはじめのうちは着信履歴を見ていたものだが、すべて非通知なので履歴も見なくなっていた。だがよくよく確認すると、一連の無言電話は、すみさんも覚えていないIP電話の番号で着信していたのだ。
(この番号を教えた相手……、いたっけ……、あっ!?)
そして、すみさんは思い出した。現在住んでいる新興住宅街に引っ越した際、町会の役員の輪番制度があり、隣人に電話番号を教える必要があった。
隣人の息子は素行が悪く、すみさんの次女と年齢も近かった。そのため悪い影響があることを懸念したすみさんは
“こっちの電話番号なら、まあ……”と、隣人には普段使わない方のIP電話の番号を教えていたのだという。
そんな折、早速すみさんの家に来客があった。隣人の妻が怒鳴り込んで来たのである。
(またか……)その日は、すみさんの家の木から隣人の玄関に葉が落ちてくるので迷惑しているという内容だった。だが、隣人は落ち葉を改善してほしいのではない。言われて見に行った時も、実際に落ちているのは小さな葉一枚きりだった。
たびたびこうして文句を言えそうなことを見つけてやってくるのだ。
「どうしてくれんの!?毎日毎日本当に迷惑なんだけど!」
隣人はいつものように声を荒げた。勝ち誇ったように。
「うちの木が、いつもすみません」
すみさんはしおらしく頭を下げる。そして顔をあげると、すっと隣人を見つめた。
「……ところで、うちの身内に霊能力が強いのがいるんですわ。彼によればうち、“呪い屋”使われてるらしいんです」
唐突な話題の転換に、隣人は言葉を失った。すみさんは静かに、低い声で付け足す。
「ま、誰かは分かってるんやけど」
目の前の隣人は唇を青くし、細い声で返事をした。
「そうなんやー」
言葉だけは何も知らないふりを装っていたが、すっと下を向いたという。
(……ああ。やっぱり、呪い屋に依頼してたんはこの家やったんや)すみさんは確信したという。それ以来、隣人宅のシャッターは常に閉められたままで、文句をつけにくることもないそうだ。
あとでAにより分かったことだが、隣人は順風満帆に見えるすみさん一家が妬ましく、複数の呪い屋に依頼していたらしい。
すみさん一家に向けられていた呪いの内容はひとつきりではなかった。
“夫の会社が潰れて生活出来ないようになれ……娘の学費を払えなくなって学校をやめろ……大事故を起こせ……病気になれ……”
幸いなことに、呪いに気が付いた今、すみさん一家は順風満帆に暮らしている。ただひとつ、恐ろしいことはある。すみさんは語る。
「隣人の夫は仕事がだめになって、アルバイトを掛け持ちしてるみたいです。前にうちの夫の話していた「バイト掛け持ちして三十万しか……」ってセリフがありましたけど、あれは当時、隣人の夫が稼いでいた額かなって……。それだけじゃないんです」
すみさんによれば、隣人夫婦はかつてふくよかだったが、今は骨と皮といって差し支えないほどに痩せているそうだ。
「なんかの病気だと思うんですよね……。今は手当てをもらうために偽装離婚して、同じ家に住み続けてます」
夫の収入がなくなったことから、私立高校に通わせていた息子の学費も払えなくなったという。息子は高校を中退し、アルバイトで生計を立てながら一人暮らしを始めた。
「もともと素行の悪かった子で……結局、大晦日にバイクで大事故を起こして怪我を負ったんです。それから実家に戻って、三人で生活してますよ」
すみさん宅への呪い屋からの電話は止まっているが、隣人はそうとしらず、呪い屋にカモにされ続けているとも聞く。
人を呪わば穴二つ。他者を呪った人間が不幸に見舞われる、因果応報の話だ。本当に怖いのはやはり、生きている人間なのかもしれない。
ありとあらゆる呪詛の類は、現在すべて、隣人の家に降りかかっている。
(志月かなで 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)
【志月かなで】
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