
画像©ゆきちゃんなのだ photoAC
幼少期にネグレクトを受けていた、しげしさんという男性の体験談である。
しげしさんはネグレクトを受けていたため、長く親族のもとを転々としながら育てられた。優しくしてくれる家もあれば、つらく当たられることもあった。
そんな中で、母方の祖母や伯母はひときわ、しげしさんのことを愛してくれたという。祖母や伯母には霊的なものを感じる力があり、しげしさんにもその力は受け継がれていた。
だが、伯母から「誰にも話してはいけない」と言われていたため、実の両親も含めて決してそのことを伝えないようにしていたそうだ。
(※祖母との話は「夏の魂」、伯母との話は「足歩く」などがある。そのほか、筆者の共著「三重の怖い話」にも複数話紹介している)
そんなしげしさんは、中学校入学後に実の両親と共に暮らすようになった。しげしさんが実家に戻ってから二年の月日が過ぎたある日のことだ。母の部屋から古いフランス人形を見つけた。
「母さん、これどうしたの?」
しげしさんが問いかけると、母はフランス人形を懐かしそうに撫でながら口を開いた。
「これはね、まだ戦争が始まる前……私の足に結核菌が入って歩けなくなったとき、お父さん――あんたのおじいちゃんが買ってくれたものよ」
しげしさんの母である三千さんは、五歳の時に結核菌が右足に入って歩くことが困難になった。痛さで泣いてばかりいた頃、見かねた三千さんの父が当時珍しかった人形を取り寄せて与えたという。
結核が流行った当時、三千さんは姉と末の弟を亡くした。三千さんのすぐ下の弟は全盲となり、現在は按摩として働いている。
「そうなんだ……。じいちゃんはどこで買ったんだろう」
「戦争が始まる前の話だから、外国からのものかもしれないね。この人形に随分助けられたもんだよ」
三千さんは今でこそただの農家の娘に過ぎないが、代々続く庄屋や村の村長を生み出した家の娘である。三千さんの父でありしげしさんの祖父である人物は海外にも足を運んでいたらしく、様々な所から物を手に入れることが出来たのであろう。
しげしさんはフランス人形に興味を持ったもの、なぜか人形を好きになることが出来なかったという。
(人形っていうより……、まるで髪を振り乱した女の人みたいだ……)
そうは思ったが、心のどこかにその人形のことがひっかかっていた。
それからしばらくした夜のことだ。
トン……トン……
しげしさんが二階に寝ていると、一階から何かが上ってくる音がした。
(あっ……)
しげしさんは予感した。
(きっと……、あの人形に違いない)
トン……トン……
音は次第に大きくなり、まるで人が歩いているかのようだった。やがて、しげしさんの寝ている二階の扉の前で足音が止まった。
しげしさんは起き上がると、寝ている弟を振り返ってから、静かに扉を開けた。すると、そこには古びたフランス人形ではなく、洋服を来た女性が立っていたという。
しげしさんは女性を見上げると、静かに問いかけた。
「あなたはどうなりたいの?」
「……楽になりたい」
「わかった」
しげしさんは階段を降り、一階で座禅を組んだ。そして、覚えたこともない般若心経を無心に唱えていたという。
ふと目を開くと、女性がいたところにはあのフランス人形が座っており、その表情はまるで微笑んでいるかのようだったという。
その様子を、母は見ていたのだろう。
「あんた……」
声がかかって振り返ると、母は静かにこう言った。
「私のかあさんや姉さんと同じことが出来るんだね」
それから、ぽつりと言い落した。
「……私だけ、私だけが、……見えないんだよ」
しげしさんの母方の先祖は、元々口寄せを生業にしてきたという。特にその能力は祖母と叔母に強く、しげしさんにも受け継がれていた。
しげしさんは初めはオーラが見えるだけだったが、この頃には霊そのものが見えるようになっていたそうだ。
そのさらに翌年、しげしさんは同じ夢を繰り返し見たという。
そして、母の家系に纏わる因縁の話のさらに深い部分に触れることになる――。
(志月かなで 山口敏太郎タートルカンパニー ミステリーニュースステーションATLAS編集部)
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