「猫の糞スープ」に「脳みその黒焼き」、大手新聞に掲載された「諸国悪もの食ひ」とは?

画像©National Museum of Denmark

明治12年(1879年)から発行されている業界大手の全国紙・朝日新聞。創刊140年を超える非常に歴史の古い新聞なだけに、今では信じられないくらいほどに当時は「尖った」連載やコラムが掲載されていたりする。

今回ご紹介する1907年(明治40年)9月6日から同年の10月17日まで1か月に渡り連載された「諸国悪もの食ひ」という連載コラムである。

タイトルの通り、日本全国に伝わる奇妙なおかしな食べ物を紹介するコーナーで、取材は朝日新聞の記者が行い、地方の情報は主に読者投稿で補っていたようだ。

連載回数全30回、紙面の最下段、一回あたりの200文字にも満たないとても小さな記事であるが、思わず吐き気を催すような衝撃的内容のオンパレードなので、ぜひ紹介したいと思った限りだ。




まず第1回(1907年9月6日)の掲載では東京の一部地域で食べられるという「縞蛇の附焼き」(シマヘビのつけ焼き)が紹介されている。

縞蛇の附焼きは主に食用ではなく、民間療法の薬(漢方薬の材料など)として服用するのがそもそもの使い方ではあるが、独特の強い風味があるため、食用として好んで食べる人も多かったようで、東京都台東区入谷では、「ウナギより美味しいのでは」と評判になり、漢方屋が血眼になってシマヘビを焼いていたという。


画像©Susan Aken PIXABAY

ここまでなら明治時代であればあり得る話と思われるが、その後はもっとすごい。

薩摩(鹿児島県)に住む朝日新聞読者から投稿によると、薩摩には「眼こすり膾(なます)」という奇妙な食べ物があるという。

これはカエルになりかけの手の生えたオタマジャクシにお酢をぶっかけて食べるというもの。当然火は使っていなので生のまま食べることになる。

なお、「眼こすり」という意味は、手の生えたオタマジャクシの目の中に酢が入って痛いので、眼をこする動作からきている。非常に悪趣味なネーミングである。

なお、肝心の味だが記事中にて「あまり美味しいものではない」と堂々と書かれている。


画像©Kei Rothblack PIXABAY

その後も、信州(長野県)に伝わる「焼き蝉」(捕まえたセミを焼くだけ。「ミーン」と鳴くミンミンゼミは毒なので食べないという)、「ネズミの附焼き」(ネズミのもも肉を串に刺して焼く。マグロのような味がして美味しいらしい)など、奇妙奇天烈な珍料理の数々が紹介されている。

また、連載第4回(1907年9月22日)には「猫の糞スープ」という今更説明のいらないであろう珍料理も紹介されている。なお、「猫の糞スープ」は猫の糞を乾燥させたものが、寝小便に効くという話から生まれた漢方薬で当然美味しいものではなかったようだ。

そして「諸国悪もの食ひ」最大の特徴は、ゲテモノ食いに交じって、禁断の「人肉食」までも解説されてる点だ。




第20回(1907年10月7日)では「脳みその黒焼き」が紹介されている。

人間の脳みその黒焼きは、当時不治に病であった梅毒に効果があるとされ、一部の黒焼き屋および密売がされていた薬の一種である。記事では火葬場での骨揚げの際に、我慢ができず、その場でモリモリと脳みそを食べる人もいたという。

続く、22回(1907年10月9日)には「火葬場の焼餅」という料理(?)が紹介されている。「火葬場で餅」といえば、落語ファンなら「黄金餅」という、金の入った餅を飲み込んだまま死んだ男から、どうやって金だけを取り出すのか悩む笑い話が思い出されるが、「火葬場の焼餅」は読んで字のごとく、火葬場で遺体を焼く際に餅を蒸し焼きにして貰うという禁断のグルメ。

これも当初は肺病を治す民間療法であったが、死体から出てくる脂が餅にしみ込んで非常に美味であるという事から、好んで食べる人も多かったようだ。


画像©Daniela Mackova PIXABAY

27回(1907年10月14日)には「干した人肝」、28回(1907年10月15日)には「死人の油」などが紹介されているが、ここまで来ると「悪もの食ひ」という範疇には収まり切らないため、30回の「お壺の水」(両節の残した青竹を便所の糞尿の中に入れ2~3年放置。取り出した時、青竹から出た水が溜まっておりそれを飲む)で連載は終了となった。

1か月という短期間ではあるが、「諸国悪もの食ひ」に紹介された奇食の数々は、今では到底信じられないエピソード群である一方、当時の「食文化のタブー」をわずかながら垣間見ることができる貴重な資料と言えるだろう。

(文:穂積昭雪 ミステリーニュースステーション・ATLAS編集部)

 

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