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古典怪談の一つである『累』は、『四谷怪談』と同じく実話を元にした怪談である。

明治期の落語家・三遊亭圓朝によって『真景累ヶ淵』として語り直されることによって人口に膾炙(かいしゃ)したが、初出は元禄三年(一六九〇年)に出版された仮名草子本『死霊解脱物語聞書』。浄土宗の教化のために書かれた本である。

『死霊解脱物語聞書』において、累の物語は、時間を遡る形で描かれる。

寛文十二年(一六七二年)、下総国岡田郡羽生村の百姓・与右衛門の娘・菊に怨霊がとり憑き、菊を苦しめ、村人を悩ませた。菊に取り憑いた怨霊は、与右衛門の最初の妻であった『累(かさね)』を名乗り「流れ者であった与右衛門を婿として迎えてやったのに、与右衛門は自分(累)が醜いことを嫌って、川に突き落として殺した。それから自分(累)は与右衛門に祟り続け、後妻を五人までとり殺し、今の妻との間の娘である、菊に取り憑いたのだ」と語った。

村人が与右衛門を問いただすと、与右衛門は観念して白状したので、村人は与右衛門を出家させたが、累の怨霊は菊から離れようとしない。ついで、憑き物落としを生業とする行者に依頼したり、念仏興行を行うなどし、一時的な回復はあったが、いずれも失敗した。この間、菊は自分の魂が地獄巡りをしていたと後に語る。


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ここで近隣の飯沼にある、弘経寺・遊獄庵に所化として滞在していた、祐天和尚が登場する。祐天は浄土宗の僧侶だが、この時点では師から勘当されていた(後述)。浄土宗は基本的には憑き物落としを行わない(江戸時代には真言宗の僧侶が行うことが多かった)。

しかし祐天は、お菊と村人を救うべく、あえて累の怨霊に挑んだ。しかし浄土宗の、秘蔵の念仏を持ってしても、累の怨霊は去ろうとしない。ここで祐天は天に向かって

「全ての人を救うはずの阿弥陀仏が、この娘を救わぬとはいかなることか。この上は浄土宗の教えを捨て、邪法を学んで仏法を破滅させてやる」

と獅子吼した。祐天はまさに決死の気迫で、ついに累に自ら称名(南無阿弥陀仏)を唱えさせ、成仏させたのである。しかし数ヶ月後、菊は再び怨霊に取り憑かれる。駆けつけた祐天が

「累よ、何ゆえ再び現れたか」

と問うと、

「我は助と申す童(わっぱ)である」

と答えた。菊に取り憑いたのは、累ではなく、新たな怨霊だったのである。助は語りはじめる。


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「我は与右衛門(先代、累の父)に嫁いだ女の連れ子であったが、醜く障害のあったことから、与右衛門に川に投げ込まれて殺された」

およそ六十年前の事件であったが、かろうじて古老が覚えており、助の言うことが事実と確認された。そして累が醜い姿で生まれ、両親を早くに亡くしたのは、自分の祟りであると言う。累は本来「るい」であったが、助にうり二つであったことから「かさね」と呼ばれていたのである。

助の怨霊も、祐天によって成仏し、三代にわたる因縁話は、ようやく終わりを告げるのであった。

さて、この二人の怨霊を成仏させた祐天だが、後に大僧正となり、上人の位を授かる。そしてその幼少時にも、不思議譚が語られている。

祐天は十二歳の時に、増上寺檀通上人の弟子となったが、ひどく出来が悪く、お経を一文字も覚えることができなかったという。これは祐天が不真面目だったということではなく、現在で言うところのLD(学習障害)だったということを意味していると思われる。


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あまりの不出来に、檀通上人は祐天を勘当してしまう。絶望した祐天は、最後の望みに賭け、成田山新勝寺の修法道場で二十一日間の断食修行に挑む。二十一日目、朦朧とした意識の中で、祐天は不動明王と出会い、その降魔の利剣を飲み込んで意識を失う。口から血を吐いて生死の境をさまよった祐天だが、意識を取り戻すと、一度読んだだけのお経が、スラスラと暗唱できるではないか!

こうして優秀な学僧となった祐天だが、檀通上人はなぜか彼の勘当を解こうとはしなかった。祐天が勘当を解かれ、正式に教団に戻るのは、累の一件を解決して、さらに二年後のことになる。

その後は順調に昇進した祐天であったが、悪霊祓いを続けていたことで教団と対立したものか、教団を離れて遊行する。その祐天に帰依したのが、五代将軍・綱吉の生母・桂昌院であった(ただし、綱吉に『生類憐れみの令』を出させるきっかけとなったのは祐天ではない)。確証はないが、その悪霊祓い師としての能力を大奥が必要としていたのではないかと思われる。

綱吉の死後、家宣の代になっても、大奥と将軍家の崇敬を集め続けた祐天は、やがてその後押しで教団に復帰し、八代将軍吉宗の治世、享保三(一七一八)年に亡くなった。その墓所があるのが、現在の祐天寺(東急東横線中目黒駅の隣)である。

(すぎたとおる ミステリーニュースステーションATLAS編集部)

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